釈迦の魂胆はこういう事なのかもしれない | 『唯唯普通に生きる』

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肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

毎日義とはなんなのか?とか

自他に対して信用を積み重ねるとか、

そして、お互い頼れる信頼という輪が

どうしたらできるか?


とか、そんな事ばかり考えているから、

その見解で日々を観ていると、


矛盾だらけで、かつ自分に火の粉が

かかる事も多くて、


本当に大事な事や真実というのを

見失いそうになる。


だから、大脳新皮質で考えるというのに

限界がきて、


論理ではわかり得ない感覚を

わからせる為に、


釈迦は、膨大な教えの中から、

四諦、諸行無常、諸法無我、

涅槃寂静、などの真理をまずは


提示して、よくわからないなら

まず実践しなさいと、


八正道や五根五力や七覚士や

六波羅蜜などの具体的な修行方法を

提示する。


そして、実際に実践していくと、


わかっていく事も多いが、

反比例して頭で考える事の限界が

きてしまい、

段々わからなくなってくる。


つまり、

この意味がわからない状態に

追い込んでいくのだな。



そして、最後は、


ギャーテイギャーテイ

ハラソウギャーテイ、で、


頭では、よくわからないのだから、

考えないで、腹で感じなさい、


真理だと感じた方向に行きなさい、


それがあなたの道ですよ、

というのを感覚でわからせる

教えなのかもしれない。



釈迦の魂胆はこんな感じだったのか?

2500年前に戻って聞いてみたいもんだ。