道理を外している事に気付いて
諫言をする事は、
諫言する事で
起こる様々な精神的重圧や
その後に起こる様々な変更を
整備したり説明したり段取りしたり
という具体的行動が必要になる。
これは複雑でまた沢山の人に協力して
もらわないと出来ないので、面倒だとも
感じてしまうから、これを諫言しない事は
保身なのか?
または、そもそも自分もままならない
人間が人に諫言などするのは自惚れで
あって、そのような事にエネルギーを
使うのでなく、今はあくまでも内的な
精神性にエネルギーを使うべきなのか?
どちらが適切な行動なのか?
全くわからなくなっている。