信長→秀吉→家康の、因果の道理 | 『唯唯普通に生きる』

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肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

信長が、


一部の既得権を持っている組織の

既存概念を、楽市楽座、刀狩、などで

ぶち壊し、自由な世の中を作った。


秀吉がその流れを加速させて、

能力があれば、農民からでも

社会の表舞台で活躍できる希望となった。


だが、能力があれば、

既存のよい仕組みも壊してしまう

リスクもある。


家康は、幼少期から

人質で囚われの身で

あったから、


信長、秀吉の一部始終を観ていて、

人間の本質を環境から

見抜いたのだと思う。


家康は、

争いの本質を、


人間という存在の曖昧さ、

に気付き、


儒教をベースに、

能力を可視化して、

基準を作るのではなく、


年功序列、終身雇用で、

決めてしまう事で悩ませないで、

安定させるという手段で、

争いを無くした。


例えば、家督を継ぐ時に、

能力の差で、長男、次男、三男を


公平に判断するのは、正直難しく

長男が継ぐ、と制度として決めた事で、


次男、三男との無駄な争いや嫉妬という

リスクを事前に回避するのを制度化した。


人間は曖昧な存在であるから、


絶対的に長男、次男、三男、の誰が

一番能力があるか? というのは、

捉え方によって変わる。


こういう曖昧さを

次々に制度化し、


士農工商や参勤交代や

武家諸法度、公家諸法度、喧嘩両成敗、

などで、


国全体に波及させ、

世界史上、どの国もなし得ない

260年戦争がない、

という環境を作った。


だが、最後は、

家康の争いを起こさないという本質も

260年経つと伝わらず、


徳川家の保身の為の制度にすり替わり、

明治維新という時代の大変革を招いた。



歴史に、


もしはないが、

もし、家康の本質的な

概念が260年たっても伝わっていて、


かつ、西洋列強の植民地主義に

対抗すべく、

国家を変換する必要に、

徳川家が気付き、受け入れたら、


佐久間像山や、吉田松蔭などの

意見にも耳を傾けて、


勝海舟などと、徳川家の為でなく、

日本人のために新しい国家を建設できた

かもしれない。


今の日本は、プラザ合意以降、

この30年で、日本の価値であった、


従業員の為に尽くせる株の持ち合い、

終身雇用、年功序列、で


安定して働ける事で、短絡的な手法でない

本質的な環境から、


メイドインジャパンの

ブランドを作れた事で、

飛躍的な経済発展ができた。


世界は、日本に勝てないから、

仕組みを変えてしまうという

いつもの手法にひっかかり、


バブルを起こされ、日本の価値が、

20分の1になり、外国に買われ、


みんな派遣社員になり、

本来従業員が手にするはずのお金は、

株主の配当として海外に流れ、


食べ物は、ヨーロッパでは、

添加物は、発がん性があるから、

30品目しか許可されて

いないのに、日本は1500品目okで、

農薬まみれ、添加物天国、


そりゃ、みんな癌になるわ。


癌になれば、

次は、抗がん剤で、ジエンドだ。


医療費は今や、国家予算の

約半分の50兆ぐらい

も使っている。


ようは、薬づけだ。

これでは、この環境では覚醒できない。


たった30年で、

日本は、崩壊を許してしまった。


だが、2600年続いている

我が国を、


諦めるわけにはいかないから、

ここから、いかに日本という国家を

守っていくべきか?


電車に乗っていると、

世の大人がみんなスマホでゲームをしている。


このままでは、気付いた時には、

日本は無くなっている。


一人一人の意識にかかっているのだ。