無我に至っていく、
心の作用の根源は、
信、なんだな。
信心が、
心に起きたら、
不退転の心ができて、
どんな事も大丈夫になるのだな。
信心や信念というのは
言葉としては誰でもしってるが、
具体的な感覚まで理解して
実践できている人は、
ほとんどいないのではないか。
人間としての道理を外している事に
気付かず、それを人のせいにして、
苦しみを与えてくれた事が因となり、
苦しすぎる事から、
信心、信念、という本質を知れる果と
なっているのは、紛れもない事実である
ので、苦しみを与えてくれる存在と
いうのは、有難いのだな。
そして、信心の本物の感覚がわかれば、
心から感謝できる日がくる気がしてきた。