承認欲求でもいいじゃないか?物には段階があって、承認欲求が満たされてからでないと、本物の志という領域にはいけないのではないか?という想念が生まれた。周りに承認されていないのを、別に認められる訳でやっている訳でない、と、心の奥では、斜に構えている自分がきっといて、それが満たされないで、それより高い次元には、そもそもいけない気がしてきた。だから、承認欲求も認めて、それでもいいじゃないか、と思えたら、また観え方が変わるかもしれない。