以前は、物事を受け入れていると
思って、自分を押し殺していた事に
気付いてから、
迎合や馴れ合い、と
いうのに極端に嫌悪感を感じるように
なっていた事に、
子供達が迎合している
風景を観ていて気付いた。
今の自分の感覚だと、
もう少し押し殺すぐらいに戻さないと、
受け入れる、
という感覚の正しい境地は
わからないかもしれない。
子供達は、エゴの刺激や迎合、
馴れ合いの大人な勝手な都合を
押し殺しているのか?
受け入れているのか?
全く無意識だろうが、
自然に運命を受け入れて
やっている気がする。
自我意識やエゴへ対しての
極端な嫌悪感がついてしまっているのは
あまり自覚がなかったが、
自果自果、で他人のせいにしないで、
自己を深く内観していくと、
自分が陥っている
色々な行き過ぎた感覚の
捉え方に気づく。
やっぱりこの気付きを頂けるのは、
苦しみを与えてくれる存在がいるから
なんだから、
やっぱり苦しみというのは、
有るのが難しい、
有難い、に繋がっていく
のだな。
仏教は本当に凄いスーパーメソッドだ。