『真理の観念化』が『信念』
という事なんだな。
真理を悟っていると思い違いしている人
に洗脳されてしまい、
その洗脳が解けると、
思い込みや観念化の怖さが襲ってきて、
同じ過ちは繰り返すまいと、
因果の道理、原理原則、真理をこの
10年貪るように学んで実践してきた。
だが、まだまだ信念から変わっている訳で
ないから、不安が襲ってきた時の対処方法が
いまいちなくて、
何かに依存してしまう、
というのも環境次第で
誰でも陥るのは原理としても
理解はできた。
自我意識が観念化していると、
基本的に自分にとって都合よく考える
正当化と、
それを指摘されたり都合悪くなると
迎合する、
というピエロに陥っているのだが、
その自覚すらないから、
そういう人は、心では皆の幸せを
願っていながら、行動は他人に半分
毒素を吐きながら生きている。
そういう人が上にいる環境にいると、
その感覚が身についてしまうか、または
反面教師として反発するか、
のどちらかになってしまい、
本物の信頼関係などはできないし、
時間をかけても、それは出来ないのも
原理原則なのだ。
これが、今の私の置かれている
偽るざる事実な訳で、それを信忍して
受け入れる、としたら、
信念を観念化するぐらい、信念の言葉を
結晶化させて、潜在意識に擦り込んで
いくしか方法がないのだ。
天風先生の誦句 10選を毎日擦りきれる
ぐらい聴き、発して、信念を観念化していく
もはやこれしかないのだろう。