約3年前に、堂々巡りは、
ポジティブだ、という事を書いた。
原理原則、自然な摂理、真理などの、
相対的でない絶対的な事は、
自分に合うとか合わないとか、
または、どちらは善でどちらは悪だとか、
その考え方を受け入れるとか、
受け入れないとか、
そういう次元のものでない。
だが、今3年前を振り返ると、
そもそも自分が、
感覚では全くわかっていないのに、
少しばかり教学して
知っただけで
偉そうになんで
みんなわからないのだろう、
などと、
自惚れた嘆きを発している。
今振り返ると、
これを人に理解してもらおうと
いう事自体が烏滸がましいし、
その必要性を感じた人が学び
実践するだけでよく、
それを人に求めるから
苦しみが生まれてしまう。
理解されようが、されなかろうが、
それにブレずに、ただただ日常生活を
手段に、人間としての正しい
真理を追求するだけでよいんだ。
