自然の摂理や原理原則の
法則性が昔はよく観えなかったが、
今の立ち位置にいるのも、結局
法則性通りなのが今はよくわかる。
成功しようと思って
ガムシャラに頑張ったが、
失敗した原因は、
この法則性が観えなくて、
自他ともに利他という思い込みからの
自我意識からくる煩悩と執着に、
エネルギー、時間、お金を
使ってしまった、その事に気付いた
時には、既に遅かった、後で気づいても
気付いていない人には説明ができなかった、
などの判断、決断を間違えた事が
やっぱり大きな原因だな。
一番観えなかったのは、
原因と結果の因果関係を、
一つ一つの現象から、皆で
検証作業できる信頼関係が
作れなかった事、
本当の信頼関係を
作りあげるまでの、
人間の基礎がお互いになかった事、
これに尽きるな。
人間の基礎とは、
現象の事実から、
原因と結果の因果の可能性を
議論する事、
その意見を言う側、聞く側が
視野、視点、視座と横断的に一人一人が
客観的な判断ができる事、
決定した事に対する、
理解と実践する事のバランス、
こういう人間の基礎が全くなかったから、
この失敗も必然だな。
もし、
適切な会話というものが
出来ないなら、
それを嘆いてないで、
一人でやり切る力をつけるべきだし、
その必要性も気付いていたが、
気付かない人は楽をして、
気付く人は苦しむ、のは納得できない、
というような
過った捉え方をしてしまったから、
自我意識から、苦しみ、哀しみ、
嘆き、諦め、など、感情の乱高下が
激しくなった。
だが、その苦しみのおかげで、
仏教や精神世界の理論を深く知る
キッカケになったのも事実だから、
これからの
人生に必ずプラスに
なる事は間違いない。
この先はどうなるかはわからないが、
一日一日を大事に過ごしていこう。