なんでも感覚的な事を
言葉に変換してしまう癖があるから、
今の時点ではわからないでいい事も
言葉にした時点で感じてしまい、
その不安が恐怖と結びついて
動悸がしてくるのだな。
なるほど。こういう論理だから、
道元さんは、
ただただ座れ、目的を考えるな、
ひたすら座れ、
と、
只管打坐 から、身心脱落の境地に
いかれたのだな。
この感覚にいきつくのは、
今は全く想像もできないから、
道元さんの境地を想像してみたら、
あまりにも偉大すぎて
全く想像できないから、無になろうと
しなくても無にならざるを得ない。
やっぱり師匠が偉大な事は非常に
大事なのだな。
しかも、万が一苦しくなったら、
親鸞聖人と弥陀の本願がお救い頂けて、
その道元さん、親鸞さんの
二人のバックには、お釈迦様が
いらっしゃる。
これは相当凄すぎる完璧な布陣であって、
どんな屁理屈も全く通用しない真理の世界だぁ。