『自己に向き合う』というのは実は不自然なのか?頑張るとか頑張らないとか自分に向き合うと向き合わないとかそういうのは実は不自然なんではないか?と感じてきた。やりたきゃやればいいし、やりたくなければやらなければいい。結局は人間は感情の生き物だから、理論や理屈は最後は感情には勝てない。やりたい事やってそれでだめならそれはそれで諦める、という感覚が普通になれば、苦しむという概念もなくなるのかもしれない。