『心の騒つきが治らない時』は、『流されてもいい』んだ | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

昨日の夜は寝れなくて、
夜中までYouTubeやFBの
ランダムに流れる動画を見続けた。

10代から30代まで、
テレビの深夜放送やお笑い番組を
意味もなくダラダラ見続けて
しまい、

『やめようと努力』
しても
『中々やめられず』

当たり前のように、
『昼間は眠く』

そんな不甲斐ない
自分が『大嫌い』だった。

『自分は何をしたいのか?』
『どう生きたらいいのか?』

小さい頃から、全く闇の中にいた。

小学3年の時に、野球にそれを求め、
365日朝練し、
四年生から六年生のチームで
レギュラーになって活躍した。

今振り返ると
頑張ってはいたが、
頑張っていただけで、

『無意識に闇から逃れたい』

というだけで、
本当の自己に向き合う感覚は
身につかなかった。

親は、公務に携わる仕事で、
公務員的存在で、
仕事から帰ってくると、
ストレスを『酒と家族への暴言』で
無意識に解消している人だった。

『自分が抑圧されている』から、
『子供には自由にしてあげたい』
という気持ちもあったろうが、

それが、『自由』でなく『放任』
となっている事には全く気付かず、

『放任させたら』

子供は、方向性がわからない訳だから
闇雲にやれば怪我をする。

それを酒の勢いで、
ひたすらダメ出しされる、
と、いう10代の時の構図だった。

今振り返ると

自分のモチベーションは、
『親みたいにはなりたくない』

という、反面教師的な、
歪んだモチベーションだった。

小学3年から6年まで、自分に厳しく
し過ぎた反動で、

中学、高校、大学、と夜中の深夜放送や
ゲームや堕落した生活を長年続けて
しまった。

だが、心の奥底では、全てが
流されてしまうのを抑えるように、
野球部には入り続けていたが、

部活はサボりがちで、口では夢を
語りながら、行動が全く伴わない、
そういう歪んだ人間だった。

20代は、一番やりたくなかった
サラリーマンに流されるままなって
29歳でやめて、30歳で
全く未知な世界に入りこんだ。

それから、20年の歳月が流れた。

この20年でわかった事は、

『本当に正しい事が何か?』を知り、
『それを全うしよう』という心が
できた事だ。

と、思っても、色々な刺激に
日々最悩まされる訳で、

言われる筋合いがない事まで
言われれば、

『心はざわつく』

だから、その時は、
『一時的に堕落した自分』

も許す事にしよう。

『正しい思考と行動』
で生きていたら、そのうちまた戻る。

きっとそれが、 

『自然な事』

なのだから。