必要な事をやらなければならない時に、
どうしても気持ちがスッキリしないと
やる気にならなくて、どうしたら
脳が活性化するかを日々試行錯誤して
いるが、これは過去に憂鬱な事を
プラスに転換出来なくて、意味が見出せなく
なり、堕落してしまった経験があるので、
その反省からの思考パターンである。
この話を今、妻に聞いてみたら、
必要なんだけど、憂鬱な事をやる時に
どうしてるの? と聞いたら、
憂鬱だなーと思いながらやる。
考えすぎなんじゃないの?
と言われた。
そういえば、そういう時は、
イライラしているし、ちょっと話し
かけようものなら、鋭い眼光で見られる
ので、話すのを躊躇うぐらいだが、
それが自然というか、その時の許容から
したら、そこで無理に只管打坐的に
しようとする事にも無理がある、のが
わかった。
憂鬱を憂鬱とありのままに
とらえて行動する、
その感情さえも逃げずに
押し殺さずに、
ただただやる
只管打坐とも考えずに、
憂鬱である事を認めてしまう。
これは新しい発見だ。