理屈を感覚で理解する道は遠い | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。


表題の通り、
理屈や理論は、形であり、形を学ぶのは
大切だけれども、それを自分の感覚で
理解するのは、果てしなく遠い...

お釈迦様は、
物事をどう捉えるかは、捉えている人
次第で、事物は全て素粒子レベルまで
分解してしまえば、すべてない...

つまり、実態はあると言えばあるが、
ないと言えばない...

喜怒哀楽の感情も空であり、
実態がない...

実態がないものに、悩み苦しんでいる事は
バカバカしいじゃないか...

心を軽くして、過去や未来に固執しないで、
今に意識を集中して楽しみなさい、と...

おっしゃっています。

理屈では理解してると思いますし、
実際日々の生活では、一喜一憂しない感覚が
だいぶできてきていると思っていたので、
昨日も昼の向き合い方を経て、
夜にどういう感情になっているのか?

少しだけ楽しみだったのですが、
全くと言っていいほど、感覚でわかって
いないのがわかり、修行が足らなす
ぎる... のを痛感してしまいました。

真理の道は遠いです...