sundarika16様           ありがとうございます。
                    Karupapa21seiです。

 

>まさに、衆生に説法されて居られるのですから、冷たく突き放さず、
>悟りの真実を無理にでも説き明かし、貴殿の居られる涅槃の世界へ、
>衆生を誘うようにして欲しいものです。
>仏祖の慈悲をも相続して。

 

常に「 法 」を「 法 」で説くように努めています。
仏法を説くには、これ以外にはないからです。
結果「 サッパリ解らない 」と言われます。

 

経験でも、そうでした。
指導者から、一般常識的には、曖昧な、訳の解らない、それこそバカに
されているのではないか、と勘ぐりたくなる話を受けました。

 

「 なぜ、はっきりと言ってくれないのか 」と感じたものでした。

 

決着が着いた時、その話しかないことが分かりました。
「 仏祖の慈悲 」でした。

 

「 指一本 」「 黙然として言無し 」「 解って30棒、解らなくて30棒 」
説法はこれで十二分です。

 

Blogでは、そうも言っておられないかも知れませんが、、、。

 

そこに、何かを感じ、道を探し求める旅に出て頂ければ、、、。
それが願いです。


 

>仏祖の慈悲をも相続して。

 

改めて、肝に銘じておきます。


 

>酒井師不在のまま批判され続けるは、いかがなものかと思います。

 

ご心配頂くことは、理解しているつもりです。

 

>せめて、酒井師門下の方々への公開討論を申し込まれるのであれば

 

酒井師門下の方々を、ご紹介下さい。
角田泰隆氏は酒井師門下と聞いていますが、、。
他に、これぞ言える方がいるのでしょうか。


 

>凡夫の酒井師をとやかく言うのは、我等凡夫にお任せあれ。

 

すいません。
ですが、現在の曹洞宗には「 間違った仏法 」が広まっています。
不遜と言われそうですが、やはり正さなければなりません。
修行も曹洞宗でお世話になりましたので、曹洞宗には思い入れがあります。

 

ただ、『 仏法 』をお話しているだけです。
「 当たり前のこと 」をお話しているだけなのです。

 

>貴殿によれば、解脱はある、なしの二極とのこと。

 

当方が発案したものでも、なんでもありません。
無始より此処方「 解脱はある、なし 」です。
禅宗に「 十牛図 」がありますので、階段を上るように修行の完成度を高め、
悟りに近づき、決着を付ける、と考えがちです。
祖師の中には「 大悟何回、小悟にいたっては数知れ ず」と豪語した方も
いましたから、途中の悟りがあるように、考えてしまいます。
臨済宗ではこの傾向が強いです。
ですから、白隠禅の「 室内 」を終われば師家分上になります。
決着が付いていないのに、、、。
青野敬宗老師の修行の様子が参考にあります。
URLは

http://www.karupapa.net/Link.html
見てください。

 

解脱はある、なしは「 禅友に贈る書 」に詳しく書きました。
「 十牛図 」の八番目の円相と、それ以前の七段階は、全く別物だと言う
ことです。
1番から七番目までは一般常識の世界で、八番目の円相は絶対世界
( そのものになる )とでも言いましょうか
全く違うのです。
ここも決着が付きませんと解りませんが、、。



 

sundarika16様
今日の曹洞宗には本山修行の1、2年で修行を終わらせる僧侶が多すぎます。
後は、伝統宗学とかで、真面目な方は勉強します。
残念ですが、文献を二元相対世界で一般人のように勉強しましても、仏法には
近づくことはありません。
「 そのものになる修行 」が最低でも5年10年必要です。
現在でも10年20年「 そのものになる修行 」をされている方はいますが、
在家からの出家者が多く、世襲の僧侶は極めて珍しい存在です。

 

世襲の僧侶には「 職業的僧侶 」「 家業を守る僧侶 」が多いようです。
sundarika16様どのように思われますか。

 

もし、親族に僧侶を志す方がいましたら「 平成の釈尊になれる 」と、
「 悟るまではこの坐を立たない命がけの修行 」を御命じ下さい。
そうでないと「 仏法 」が絶えてしまいます。
不遜な話なのかもしれない。