月曜日の朝、出勤してコンピュータにログインしていたら同僚のJimが不機嫌な顔をして私のCubicle(小部屋)に入ってきていきなり失礼なことを言うのです。

「ほそみち、俺にとっては非常に大事な週末だと何回も話しただろう?お前のお陰で俺は妻や娘達のとの仲が台無しになったじゃないか!」

What the hell are you talking about?(お前、一体何を言うてんねん?)

「ほそみち、あれはあまりにも酷いじゃないか! 子供のオチンチンを爺さんがじゃぶる映画をお前は推薦したんだぞ!Do you know what you have done to me?(俺に何をしたかわかってる?) 」
Jimにそう言われて、先週に彼と話したことを思い出しました。

現在Jimは離婚協議中。
アメリカでの離婚は日本のように簡単ではなく、まず半年間の別居をし、お互いに冷静に考える時間を持つようです。
それでも駄目だったら弁護士を通じ、離婚の書類にサインをするらしいですね。
教会にも行って話をしたとも聞きました。
 
Jimは別居生活も半年間が過ぎようとしており、そろそろ結論を出す時期が迫っているのですが、奥さんのことよりも小学生の2人の娘達の将来のことを考えるとどうしても離婚を決断する気分にはなれないらしいのです。

Jimは半年前に家を出て、隣町のアパートで一人暮らしをしています。

奥さんは早く離婚して新しい人生を始めたいと思っているみたいですが、Jimは娘二人の為にもう一度一緒に暮らすべきだと考えているのです。
 
私はJimが週末に娘達と一緒に過ごし、奥さんとも話し合って今後のことを決める大事な日だと話していたのを思い出しました。
 
彼の娘達は大の日本のアニメファン。
彼の娘達は風の谷のナウシカ、となりのトトロ、魔女の宅急便、天空の城ラピュタ、もののけ姫...といったシブリ映画のDVDはほとんど全てを持っており、将来はアニメーターになるために日本に留学するとまで言っているらしいです。

 

だからJimは日本映画の大ファンである娘達の為に親子の絆を描いた心温まる日本映画はないだろうかと私に尋ねてきました。

Jimは娘達と日本の心温まる映画を一緒に観た後に娘達に難しい話しをする積りでいました。

 

親子の絆を描いた心温まる日本映画と尋ねられても...父親や母親を殺す日本映画なら幾つも知っていますが...

20年ほど前に観た映画でしたが、父親と息子の絆を描いた心温まる映画、しかも笑いもちゃんとある映画を思い出しました。

 

それは北野武監督の「菊次郎の夏」でした。

アメリカ人親子にとって心温まる映画かどうかは判りませんが、夏休みに父親が息子を連れて旅に出るギャグ有りの笑える映画であることだけは確かだと思いました。
その映画で印象に残っているのは出演者全員で「だるまさんが転んだ」(私の出身の関西では"ぼんさんが屁をこいた"と言う)をする場面です。
日本には「だるまさんが転んだ」という面白い子供の遊びがあるとJimに話していたら、彼は「それって"Red light Green light"だろう。俺も子供の頃にはよくやっていたよ。」と言うのです。

えー、そうなのか? アメリカにも同じ遊びがあったのか?

日本では"ぼんさんが屁をこいた"と言い終えると振り返るが、アメリカでは"Red light"と言って振り返るそうです。

私はJimとアメリカの"Red light Green light"と日本の"ぼんさんが屁をこいた"のルールについて話していたのですが、やはり日本とアメリカでは少し違うのです。
日本では動いているのを見つけられた場合は掛け声をかける者の捕虜になって繋がれますが、アメリカの場合はスタートラインに戻ってやり直しになると言います。
"Red light Green light"と掛け声をかける鬼の役をする者にタッチできたら勝ちとなるのは同じでした。
 
Jimは娘達と一緒に観る映画を「菊次郎の夏」に決めました。
それは私がその映画の音楽を担当しているのがJoe Hisaishi(久石譲)だと言ったからです。
魔女の宅急便やとなりのトトロなどの多くのジブリ映画音楽をJoe Hisaishiが担当したことを話したら、彼の娘達がそれらの映画音楽を大好きなのでその映画で勝負すると決めたのでした。
 

私はその時にネットで英語版の「菊次郎の夏」の映画紹介を探し、Jimに見せてあげました。

「菊次郎の夏」は魔女の宅急便のようなアニメではありませんが、同じ作曲家が担当している映画なら実写版のジブリ映画のような内容のものだと勝手に想像していたJimが悪いと思いませんか?
それにカンヌ映画祭の出品作品とかいてあるので、娘達に見せても間違いない映画だと勝手にJimが思い込んでいただけなのです。



先ず最初に、主演のタケシが子供の父親だと覚えていたのですが、実は近所のヤクザであって、その子供とは血のつながりもなにもなかったのです。
Jimが主演の男は背中にTattoo(刺青)があるPunk(チンピラ)じゃないか!と言われて、その映画の内容を段々と思い出してきました。
 
日本じゃあんな小さな子供もBarに連れて行っても入れてくれるのか?って訊かれて、そう言えばタケシが競輪で大穴を当てて、夜にクラブに飲みに行くシーンがあったことをその時に思い出しました。
アメリカでは21歳未満の者は絶対に飲み屋に入れません。
 
極めつけはその子供のオチンチンをしゃぶる老人のシーンがあったことで完全にOUTになりました。
Jimは慌ててその場面を早送りしたそうです。
Jimは「菊次郎の夏」の全てのシーンにおいて、絶対に子供が真似してはいけない事ばかりがテンコ盛りの映画だと言うのです。

確かにJimが言う様に変態男役の麿赤兒(大森南朋の父親)が子供のチンチンをしゃぶろうとしているシーンがだけでなく、主演のタケシのチンチンまでしゃぶろうとして麿赤兒が殴られるシーンもありました。
Jimの言ってたNaked octopus manは恐らく井手らっきょのことで、本当にスッポンポンになって「だるまさんが転んだ」を子供と一緒に遊んでいるシーンがありました。
アメリカでは12歳以下の子供にヌード写真を見せただけでも逮捕されることもあるのです。
 
20年近く前に観た映画なので私は内容の詳細を忘れていたのです。
彼に気の毒なことしたのかもしれませんが、本当にこのまま離婚するかしないかを決める大事な日に使う全ての小道具は自分で事前にしっかり確認しておかなければならないと私は思うのです。
娘達とその映画を一緒に観た後にお父さんとお母さんがこのまま離れたままで生活してもいいのか(離婚するという意味)といったシリアスな話をするのなら、非常に大切な映画だったんじゃなのか?と思うのです。
娘達から”お父さん戻って来て!”という言葉を奥さんに聞かせたい彼の意図はよく理解できますが...
 
しかもそんな大事な雰囲気を作るのに事前にその映画を自分でチェックする手間を省くとは...私なら絶対にそんな手抜きはしません。
私は文句を言ってくるJimに段々腹が立ってきて"You should've watched the movie by yourself in advance to see if it was appropriate for your daughters!"と言ったのですが、Jimからの返答に呆れて言葉が出てきませんでした。
 
I didn't want to watch the same movie twice!
 
娘達のために映画を二度観ることさえ面倒くさいと思うのなら、はっきり言って私からすれば父親失格だと思います。

私なら何日もかけて最高のDVDの一枚を選ぶでしょう。

 
彼のそういうところが奥さんにとっては父親失格の烙印を押されたのではないかと思うのです。
私が勧めた映画「菊次郎の夏」でその日の夫婦喧嘩の原因の大きな一つになってしまったのは申し訳ないとは思いますが、そのことで私を責めるような人間性では遅かれ早かれ彼は離婚されることになるでしょう。
 
正直言って映画「菊次郎の夏」は映画マニアの私としての評価は低いですが、映画というものは不思議なもので、映画音楽が素晴らしいと映画自体まで素晴らしい映画だと印象に残っているものですね。
息子と一緒に映画「菊次郎の夏」のDVDをミツワで買って一緒に観たのですが、息子はその映画のテーマ曲である久石譲のSummerのピアノだけは凄く気に入り、「僕はピアノは一生弾かない!」と宣言したにも関わらず、ピアノを再び弾いたのは久石譲のSummerでした。

私は息子が再びピアノに触ったのが嬉しくて、私はミツワ(当時ヤオハン)の本屋さんで「菊次郎の夏」のサントラのCDを注文しました。
そして私はそのCDから採譜をして息子に楽譜を書いて渡してやったのですが「お父ちゃんが作った楽譜はどこか違うで!」と文句を言われてしまい、ミツワの本屋さんで今度は久石譲の楽譜を注文しました。
 
そしてそれが息子が最後に弾いた曲でした。
当時息子は12歳でした。現在は30歳です。
わざわざ日本から持ってきたあの頃のピアノは現在同僚のPatの家にあり、彼の娘が毎日弾いています。
 
それにミツワの本屋さんであの時に日本から取り寄せてもらった久石譲の楽譜を息子は18歳の大学進学で家を出る時に自分の部屋に無造作に放ったままだったので現在は私の手元にあります。