メディア
でかい地震から一週間が経ちました。
シャレじゃないけど、ほんとに日本にとって、そして小生にとっても激動の一週間だった。
先週の金曜、本当に初めてだろう、悲しみと恐怖で震えた。
建物や車とともにやってくる津波、
気仙沼で燃え広がる火、
いろんな意味で見えない原発。
津波の映像は今まで外国のものしか見たことがなかったわけだが、
あの黒い波は燃える家まで運んでくる。
走って逃げようとする車も飲み込む様は本当に、
あの人きっと助かってるんだよね、って現実を見るのが怖くなるくらい。
気仙沼の火事も、あれこそ地獄絵図だった。
もう二度と見たくない景色。
原発に関しては何回聞いても理解できない文系頭。
だけど浴びるとやばいってのだけは知っている。
でもそれが見えないし、見せてもくれない。
中で必死に戦っている人もね。
不安なテレビと希望のツイッターな印象。
いろんな非難はあとにして、今はとにかく救える命に目を向けよう
posted at 01:06:03
この震災は私に、メディアについて再び考える機会を与えてくれた気がする。
テレビでは津波の映像、火災の映像で惨状を伝え続け、
Twitterでは安否情報、避難所・炊き出しなど情報が飛び交った。
避難所前から中継するってのは各テレビ局でやってるけど、
その中の人々の姿を私たちは窺い知ることができなかった。
今はやっとカメラも入ってるけど、
なんか違うような気がする。何を食べてるとか、それも伝えていいと思うけど
なんかそこじゃないよなって。
安否情報より、こんなことが起こってます、を伝えるのがテレビの使命なんかな。
でもさ、生き埋めになった家族の救助作業中に取材するってどうなの。
お気持ちは?って聞かれてたあのお母さんの気持ち、わからん人いるわけないでしょ。
なんであんなにナイフを刺そうとするのか、私にはわからなかった。
テレビは避難所で見られてるんだろうか。
たぶんほとんど見れてないのかな。
でももし避難所の人が今やってるああいう報道見たらどう思うか、わかりますよね。
避難所の中にはテレビで惨状を見たショックで嘔吐する人もいると聞く。
テレビの役目は?
テレビで、Googleで被災者の安否情報を知ることができるんです
って報道をしてたとき、テレビはもうその役目を完全に諦めたんだと思った。
でもNHK教育の安否情報は勇気をもらった。
「無事ですか、確認次第迎えに行きます」
この言葉が深く深く頭に残っている。
物資について、届く届かないという話を聞く。
テレビでも避難所からの中継で
「物資はまだ届いていません」と記者が言ってた。
でもそこにはいずれ着くと思う。
なぜならそこから中継してるから、人が立ち入れているから。
問題は人が立ち入れていない場所。
山の奥とか、アクセスが寸断されているとか。
テレビにも報道されない避難所。
(あ、結局テレビって言ってしまいました。
ここでなんかあれ?って今なっているところです。)
役所が機能する状態であれば望みはあるが、
そこがもし潰れてたら・・・。
だったらもう個人で発信していくしかないわけで。
その個人を手助けしてくれるのがTwitterなんかなと。
Twitterは地震の直後は主に首都圏の交通情報、
それが落ち着いてからは安否情報、孤立してる助けて!のRT、
ほか、ここで物資提供してます、ここで炊き出しやりますなどの
まさに生きるための情報がずっと流れ続けていた。
これに勇気づけられた人も多いと思う。
みんながついてると。
小さな一言(もはやつぶやきではない叫び)も
拡散し続ければ大きな一言になる。
私たちは微力だが無力ではない。
驚いたのはあれだけの人間がいてサーバーがダウンしなかったこと。
電話はだめでもネットはいける。
避難所の情報とかもそこの地域の人をフォローしてる人だったら
ほんとに助かると思う。
安否情報もね。グローバルかつローカルなメディアなのかなTwitterは。
避難者リストを写真からテキスト化したページとか
知った時感動した。
デマは流れたのは残念でしたけどね。
やっぱりまだこういうところはあれなのかも。
ああ、なんか書きたいことが多すぎて散漫。
どうしよう、一旦落ち着きますわ
シャレじゃないけど、ほんとに日本にとって、そして小生にとっても激動の一週間だった。
先週の金曜、本当に初めてだろう、悲しみと恐怖で震えた。
建物や車とともにやってくる津波、
気仙沼で燃え広がる火、
いろんな意味で見えない原発。
津波の映像は今まで外国のものしか見たことがなかったわけだが、
あの黒い波は燃える家まで運んでくる。
走って逃げようとする車も飲み込む様は本当に、
あの人きっと助かってるんだよね、って現実を見るのが怖くなるくらい。
気仙沼の火事も、あれこそ地獄絵図だった。
もう二度と見たくない景色。
原発に関しては何回聞いても理解できない文系頭。
だけど浴びるとやばいってのだけは知っている。
でもそれが見えないし、見せてもくれない。
中で必死に戦っている人もね。
不安なテレビと希望のツイッターな印象。
いろんな非難はあとにして、今はとにかく救える命に目を向けよう
posted at 01:06:03
この震災は私に、メディアについて再び考える機会を与えてくれた気がする。
テレビでは津波の映像、火災の映像で惨状を伝え続け、
Twitterでは安否情報、避難所・炊き出しなど情報が飛び交った。
避難所前から中継するってのは各テレビ局でやってるけど、
その中の人々の姿を私たちは窺い知ることができなかった。
今はやっとカメラも入ってるけど、
なんか違うような気がする。何を食べてるとか、それも伝えていいと思うけど
なんかそこじゃないよなって。
安否情報より、こんなことが起こってます、を伝えるのがテレビの使命なんかな。
でもさ、生き埋めになった家族の救助作業中に取材するってどうなの。
お気持ちは?って聞かれてたあのお母さんの気持ち、わからん人いるわけないでしょ。
なんであんなにナイフを刺そうとするのか、私にはわからなかった。
テレビは避難所で見られてるんだろうか。
たぶんほとんど見れてないのかな。
でももし避難所の人が今やってるああいう報道見たらどう思うか、わかりますよね。
避難所の中にはテレビで惨状を見たショックで嘔吐する人もいると聞く。
テレビの役目は?
テレビで、Googleで被災者の安否情報を知ることができるんです
って報道をしてたとき、テレビはもうその役目を完全に諦めたんだと思った。
でもNHK教育の安否情報は勇気をもらった。
「無事ですか、確認次第迎えに行きます」
この言葉が深く深く頭に残っている。
物資について、届く届かないという話を聞く。
テレビでも避難所からの中継で
「物資はまだ届いていません」と記者が言ってた。
でもそこにはいずれ着くと思う。
なぜならそこから中継してるから、人が立ち入れているから。
問題は人が立ち入れていない場所。
山の奥とか、アクセスが寸断されているとか。
テレビにも報道されない避難所。
(あ、結局テレビって言ってしまいました。
ここでなんかあれ?って今なっているところです。)
役所が機能する状態であれば望みはあるが、
そこがもし潰れてたら・・・。
だったらもう個人で発信していくしかないわけで。
その個人を手助けしてくれるのがTwitterなんかなと。
Twitterは地震の直後は主に首都圏の交通情報、
それが落ち着いてからは安否情報、孤立してる助けて!のRT、
ほか、ここで物資提供してます、ここで炊き出しやりますなどの
まさに生きるための情報がずっと流れ続けていた。
これに勇気づけられた人も多いと思う。
みんながついてると。
小さな一言(もはやつぶやきではない叫び)も
拡散し続ければ大きな一言になる。
私たちは微力だが無力ではない。
驚いたのはあれだけの人間がいてサーバーがダウンしなかったこと。
電話はだめでもネットはいける。
避難所の情報とかもそこの地域の人をフォローしてる人だったら
ほんとに助かると思う。
安否情報もね。グローバルかつローカルなメディアなのかなTwitterは。
避難者リストを写真からテキスト化したページとか
知った時感動した。
デマは流れたのは残念でしたけどね。
やっぱりまだこういうところはあれなのかも。
ああ、なんか書きたいことが多すぎて散漫。
どうしよう、一旦落ち着きますわ
さんがつ
まさか3月
posted at 06:46:55
そう、まさかの3月である。
しかも、私の誕生日明日なんです。
毎年大多数の人がつぶやくであろう、
「1年経つの早い」
今年もほんとに1年早かった。
もうこの歳になると誕生日を迎えるのもなんだか悲しい。
明日23歳になります。
ということはこの日記はほそこし22歳最後の日記ということになります。
いいこと書いとかな。
いいこと・・・ない。
この1年を振り返ると、ずーっと仕事のことを考えていた気がする。
1日のうち半分以上の時間は仕事をしているわけで、
そりゃ仕事のことを1日考えざるをえない。
働き始めた頃は本当に家でも仕事以外のことを考えることができなかった。
その内容も、ああ、あそこミスった・・・とか
ああ、あのお客さんに電話せなあかん・・・とか。
今考えてもしゃあないやんってことばっかり。
休みの日にまでそんなことを考えていたわけで、
実に無駄な時間の使い方をしたなぁってのがこの1年の感想である。
最近になってやっと休日には仕事のことを全く考えなくなったけど。
来年(いや明日からやん)は1年無駄にすることなく生きていこうとおもう。
ほんとに。
22歳ひとつも楽しんでないから、
22歳の1年が人生で最悪な1年だったと思うから。
23歳は23歳として楽しく生きたい。
そのためにどうしよう。
とりあえずお花に興味あるので、フラワーアレンジメントでも・・・
私に似つかわしくなくアクティブ。
気持ちわりぃなぁと思いつつ、やはり何かせな楽しくないってのは
この1年で重々承知いたしました。
明日から、うまく生きていこう。満足できるように。
そのためにはお金使ってもいいやんね。
自分で稼いだお金やし。
飛びますが、
3月1日といえばsyrup16gが解散した日。
3年前かな、武道館で最初で最後の彼らの姿を見て、見送った。
終演後涙が止まらなかった。
涙が止まらないないってあの日以外経験がない。
命日か。
syrup16gの曲には救いがない。
誰が彼らの曲から勇気とかもらえるんだろう。
でもなんか中毒性が高いんだよな。
あの底知れない暗み、そこから希望なんて探そうとしても無駄。
わかってるんやけど。
五十嵐はいま何してるんやろう。
これ見てたら連絡ください、ってんなあほな話。
posted at 06:46:55
そう、まさかの3月である。
しかも、私の誕生日明日なんです。
毎年大多数の人がつぶやくであろう、
「1年経つの早い」
今年もほんとに1年早かった。
もうこの歳になると誕生日を迎えるのもなんだか悲しい。
明日23歳になります。
ということはこの日記はほそこし22歳最後の日記ということになります。
いいこと書いとかな。
いいこと・・・ない。
この1年を振り返ると、ずーっと仕事のことを考えていた気がする。
1日のうち半分以上の時間は仕事をしているわけで、
そりゃ仕事のことを1日考えざるをえない。
働き始めた頃は本当に家でも仕事以外のことを考えることができなかった。
その内容も、ああ、あそこミスった・・・とか
ああ、あのお客さんに電話せなあかん・・・とか。
今考えてもしゃあないやんってことばっかり。
休みの日にまでそんなことを考えていたわけで、
実に無駄な時間の使い方をしたなぁってのがこの1年の感想である。
最近になってやっと休日には仕事のことを全く考えなくなったけど。
来年(いや明日からやん)は1年無駄にすることなく生きていこうとおもう。
ほんとに。
22歳ひとつも楽しんでないから、
22歳の1年が人生で最悪な1年だったと思うから。
23歳は23歳として楽しく生きたい。
そのためにどうしよう。
とりあえずお花に興味あるので、フラワーアレンジメントでも・・・
私に似つかわしくなくアクティブ。
気持ちわりぃなぁと思いつつ、やはり何かせな楽しくないってのは
この1年で重々承知いたしました。
明日から、うまく生きていこう。満足できるように。
そのためにはお金使ってもいいやんね。
自分で稼いだお金やし。
飛びますが、
3月1日といえばsyrup16gが解散した日。
3年前かな、武道館で最初で最後の彼らの姿を見て、見送った。
終演後涙が止まらなかった。
涙が止まらないないってあの日以外経験がない。
命日か。
syrup16gの曲には救いがない。
誰が彼らの曲から勇気とかもらえるんだろう。
でもなんか中毒性が高いんだよな。
あの底知れない暗み、そこから希望なんて探そうとしても無駄。
わかってるんやけど。
五十嵐はいま何してるんやろう。
これ見てたら連絡ください、ってんなあほな話。
つぶやき延長
ツイッターと連携させようと思います。
連携と言っても、ただつぶやき一つ(何個でもいいんですが)
をピックアップして広げる感じでいこうかなと思っているだけですが・・・。
このまま死にたくないけどこのまま死んでしまいそう。
どうせなら純喫茶アメリカンで死にたい
posted at 21:08:34(2月26日)
千日前というか、法善寺の近くにある
「純喫茶アメリカン」というところに今日行ってきました。
一緒にいた友人が本で見たとのことで、
今まで何回も前を通ったのになんで気付かなかったのか。
そのくらい周りの景観になじんでいたお店。
中に入るとほんまにあれ、映画の中に入ったんじゃないかってくらい
ぶわあっと昭和の感じが漂っていました。
世に言う古き良き昭和。
喫茶というよりはラウンジというか、
シャンデリアもずんだらりだし、奥行きもあるし。
初めて経験した感じのお店でした。
あったかいオレンジの感じの店内、
おっさんがタバコ吸いながら政治について語ったり、
おじさんとおねえさんが「ご趣味は?」みたいな話したり、
女性が一人新聞ずっと読んでたり、
とにかく自由というかこれぞ健全な喫茶店だよねな店内。
何十年前もこんな感じやったんやろうなと。
レモンパイと紅茶のセットをいただいて、
このレモンのケーキが最高にクール。
めちゃくちゃ美味しかった。
上にレモンのスライスのシロップ漬けが乗ってて中にはジュレ。
はじめて食べた感じ。
そのあと友人はイタリアンスパゲッティ、
わたしは調子に乗ってタマゴサンド。
ゲッティも見事な味つけ、
タマゴサンドもパンとたまごの最高にシンプルな佇まい。
だのにうまい。これぞサンドイッチのかがみです。
あの最小限の素材でこんなことになりますかと。
世にはびこるサンドに見せびらかしてやりたい。
店員さんも最高のタイミングで皿をさげてくれるし、
お冷は注がずとりかえ。
ここで働きたい、とここまで思ったことはない。
机は低めだったけど、これがまた昭和っぽい。
ほんとに何時間でもいれる空間でした。
実際2時間があっという間に。
また来ます。つぎはホットケーキとプリンとカツサンド食べよう。
今まで行った喫茶店で一番かもしれない。
中崎町なんてしゃらくさい。
ここで死にたい。
3月に吉井和哉のお店みたいなんが大阪にも来るので
これ見に行きがてらまた純喫茶アメリカンへ行こうと思ったのでした。
連携と言っても、ただつぶやき一つ(何個でもいいんですが)
をピックアップして広げる感じでいこうかなと思っているだけですが・・・。
このまま死にたくないけどこのまま死んでしまいそう。
どうせなら純喫茶アメリカンで死にたい
posted at 21:08:34(2月26日)
千日前というか、法善寺の近くにある
「純喫茶アメリカン」というところに今日行ってきました。
一緒にいた友人が本で見たとのことで、
今まで何回も前を通ったのになんで気付かなかったのか。
そのくらい周りの景観になじんでいたお店。
中に入るとほんまにあれ、映画の中に入ったんじゃないかってくらい
ぶわあっと昭和の感じが漂っていました。
世に言う古き良き昭和。
喫茶というよりはラウンジというか、
シャンデリアもずんだらりだし、奥行きもあるし。
初めて経験した感じのお店でした。
あったかいオレンジの感じの店内、
おっさんがタバコ吸いながら政治について語ったり、
おじさんとおねえさんが「ご趣味は?」みたいな話したり、
女性が一人新聞ずっと読んでたり、
とにかく自由というかこれぞ健全な喫茶店だよねな店内。
何十年前もこんな感じやったんやろうなと。
レモンパイと紅茶のセットをいただいて、
このレモンのケーキが最高にクール。
めちゃくちゃ美味しかった。
上にレモンのスライスのシロップ漬けが乗ってて中にはジュレ。
はじめて食べた感じ。
そのあと友人はイタリアンスパゲッティ、
わたしは調子に乗ってタマゴサンド。
ゲッティも見事な味つけ、
タマゴサンドもパンとたまごの最高にシンプルな佇まい。
だのにうまい。これぞサンドイッチのかがみです。
あの最小限の素材でこんなことになりますかと。
世にはびこるサンドに見せびらかしてやりたい。
店員さんも最高のタイミングで皿をさげてくれるし、
お冷は注がずとりかえ。
ここで働きたい、とここまで思ったことはない。
机は低めだったけど、これがまた昭和っぽい。
ほんとに何時間でもいれる空間でした。
実際2時間があっという間に。
また来ます。つぎはホットケーキとプリンとカツサンド食べよう。
今まで行った喫茶店で一番かもしれない。
中崎町なんてしゃらくさい。
ここで死にたい。
3月に吉井和哉のお店みたいなんが大阪にも来るので
これ見に行きがてらまた純喫茶アメリカンへ行こうと思ったのでした。