霊界システムの構造を知れば「聖霊」はひと時も離れずに私と共にあることが分かる! | 聖霊のもとにーメシヤの涙

聖霊のもとにーメシヤの涙

心の中に神様が入ってこられ、いらっしゃれば心が分かります。
神様が心の中に入ってこられれば、壁も突き通して見ることができ、
じっと座りながら何千年前に死んだ聖人たちを運行させることもできます。

先回記事末部より

 

夜の神様が自らの愛の対象として誕生させた女性エバですが、アダムはエバの成長と共に母性の性質を実感していくようになります。夜の神様はアダムの生心に臨在していますから、アダムと共にエバの母性を実感することとなります。エバから受けた母性の心情は、夜の神様から発動される心情エネルギーにも反映され、天宙を循環している神様の愛も「生素」も父母の心情を込めたものとなっていくのです。

 

エバの成長と共に、夜の神様の心情エネルギーに込められた愛の心情は、子女の愛・兄弟姉妹の愛・夫婦の愛と高められていきます。そして、エバが子女を誕生させられるほどに体が整い、母性も高まって、神様が祝福を与えられる心情に至ったその母性が重要だったのです。

 

出産できる状態のエバの母性の心情を、アダムを通して実感した夜の神様が発動する心情エネルギーは、人間を導く聖霊の働きとして現れるようになるのです。ですから、夜の神様の父母の心情が、人間を導くために現象として現れる時、その働きを聖霊と呼ぶのです。

 

このことを理解できるようになると、天宙を真の愛のもとに管理するはずの霊界システムが、サタンシステムに変わってしまった理由が分かるようになるのです。

 

  *****

 

聖霊は、常に私と共にあります。堕落性のままに生きている人間にも、聖霊は離れずに救おうと導いているのです。

 

今まで、原理講論が最高の真理として学び、そのまま信じ切ってきましたから、聖霊は常に離れずに共にあると説明しても、なかなか腑に落ちないでしょう。

 

二代王様は「原理講論のキリスト論は、すごくレベルの低い神学です。」と語られたみ言の中で、「創造前の神様は、人間を必要としていなかった。」と語られました。いまだに、二代王様が間違っていると感じている方もいるのではないでしょうか。

 

三大王権が成就し、天一国憲法が制定されている今、サタンに奪われた統一教会・家庭連合時代とは、まったく別次元の心情圏時代に入っているのです。

 

ですから、それぞれの王王妃が、統一教会・家庭連合で築かれた神観・原理観・アベルカイン観・信仰観から脱却しなければならないのです。脱却の心以上に、人間メシヤやアベルを絶対視してきた信仰観を、偶像崇拝してきてしまった愚かな自分として、悔い改めに立たなければならないのです。

 

そうしなければ、二代王様が語る本質的な、本然基準のみ言の真意を理解できないのです。

 

聖霊に対する解説を、「本然世界に展開する真の父母様の本体論」入門編から引用します。

 

**引用開始**

 

第1章 霊界システムの様相

4.四大心情圏成就プログラムと蕩減復帰摂理展開システム!

100ページより

 

 夜の神様が創造した被造世界の万物全ては、アダムとエバが初夜を迎える日を目指しながら、二人の生殖器のそれぞれの成長と完成のために、その存在の全てを捧げていました。

 

 創造原理で神様と被造世界の関係性が解かれているように、被造世界はアダムとエバの生殖器の完成と、その生殖器が結ばれる初夜を目指す、神様を中心とした一つの完全な有機体なのです。

 

第一章 創造原理 第一節 神の二性性相と被造世界 一、神の二性性相

 神を中心として完成された被造世界は、ちょうど、心を中心として完成した人間の一個体のように、神の創造目的のままに、動じ静ずる、一つの完全な有機体である。したがって、この有機体も性相と形状とを備えなければならないわけで、その性相的な存在が神であり、その形状的存在が被造世界なのである。神が、被造世界の中心である人間を、神の形状である(創一・27)と言われた理由もここにある。

 

 男性と女性の生殖器が一体となることは、四大心情圏の成就を意味してもいます。四大心情圏がどこに成就するのかと言えば、アダムとエバに成就します。被造世界全体が一つの有機体として、アダムとエバに四大心情圏を成就させるための霊的システムとして稼働しているのです。一人の人間の心と体が、神様を中心として真の愛の実現を目指しているように、被造世界を構成する素粒子・原子・分子・細胞の全てが、「感情」さえ持ってアダムとエバの生殖器を目指すのです。

 

「男性、女性の愛の器官の細胞が最も精密です。心と体が一つになり、すべての愛の道が通じるその細胞の感情、その世界に元素としてどのように入っていくのかということが、万物、被造世界の目的だというのです。」(天聖経)

 

 真のお父様の「細胞の感情」という比喩は、真のお父様が霊的感性・心の眼の垂直愛で実感された表現です。被造世界全体が一つ一つの万物さえ、さらに万物を構成する原子さえ、目的を同じにする感情で繋がりあい、動じ静ずる霊的システムとなっているのです。

 

 このことを理解していただいた上で、この霊的システムが一人一人の堕落人間の蕩減復帰のために、どのように稼働し始めるのかを思い描くことが出来るようになるのです。

 

 エバは子供を産む生殖器が、心情的にも肉体的にも完成直前まで成長して堕落しました。エバを導き管理している「神の霊」が、「聖霊」と呼ばれるにふさわしいほどの母性を獲得していたのです。ですから、蕩減復帰摂理上は神の息子を産める胎は出現することはできませんが、それを出現させるための蕩減復帰摂理を展開するために働きかけてくるようになります。

 

 アダムの生心に臨在する夜の神様は、堕落しようとしているアダムに相対することは出来ませんから、アダムの生心から離れるようになります。

 

 しかし、エバを導き管理している昼の神様は、離れること自体が出来ないのです。昼の神様が離れるということは、神の霊(聖霊)が働きを止めることですから、エバは存在すること自体が出来なくなるのです。現象エナジーが肉体を形成しており、霊人体の生心に生じる知情意や心情の働きは、心的エナジーによって為されており、私たちの存在自体がすべて心情エナジーの働きによるものなのです。つまり、昼の神様による働き無くしては、存在し活動することが出来ないのです。夜の神様の実体であるとともに、昼の神様の実体となるべきアダムも同様です。ですから、アダムとエバを存在形成成長させている細胞も、原子も分子も、二人のために存続し続けますし、何よりも、二人の心を形成する神様からの心的エナジーも現象的エナジーも変わらずに働き続けるのです。

 

 神様を中心としていなくても、たとえサタンを中心として活動したとしても、エナジーそのものである神の霊は、サタンの働きかけてくるその意のままに動かなければならないのです。それは、アダムとエバの、堕落人間の生命と存在を守る為です。愛であるがゆえに、神の霊及び聖霊は、サタンに主管される人間の意志や感情のままに完全対象として働くのです。そのように働くようになったエナジーを「神の霊」「聖霊」とは呼べないでしょうが、もともとのエナジーは神様から発動された純粋な真の愛の力です。

 

 堕落した人間の肉体の生命と永遠の生命を守るために、その堕落人間の堕落性のままに働く「神の霊」「聖霊」となります。それは聖霊とは呼べないでしょう。しかし、被造世界の全体目的において、すべての万物が一体となって、堕落人間を救うために蕩減復帰の環境圏を、一人の人間の環境圏、他者との環境圏に作り上げてくるのも、同じ神の霊であり聖霊なのです。

 

**引用終了**

 

聖霊が導いているのは王王妃だけではありません。キリスト教徒だけではありません。堕落性にまみれ、罪にまみれた者さえも、救いの道を開くために絶えず働きかけ、その人の置かれている状況を把握し、その人が救われるにふさわしい環境圏を、絶えず作り上げてくれているのです。ただ、アベルカインによる蕩減復帰の条件を立て、サタン分立しなければ、その人からは感じ取ることができないのです。

 

サタンさえも、全ての堕落天使たちさえも、夜の神様から発動される心情エネルギーで存在できるようになっています。それだからこそ、聖霊も離れずに、天使それぞれの情報も夜の神様に聖霊を通して送られ、聖霊によって天使たちをも救おうとする霊的環境圏が整えられるのです。

 

だからこそ、そこに私たち二代王様のもとにある王王妃に、サタンシステムを打破できるという希望が見えてくるのです。

 

 

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