先回記事末部より
神様が真の愛に絶対服従して生きたいと願ったので、息子娘にもそういう心情の動機で生きるようになる為の、全ての環境と心情が育まれる心の土台を与えてくださったのです。
ですから、神様も息子娘の心に育った真の愛に主管されたいし、息子娘も神様の真の愛に主管されたいのです。
神様が真の愛を被造世界に現出するために、真の愛の発動源として構想したシステムが、真のお父様を「キリスト」とする「聖父・聖子・聖霊の三位一体」の構想なのです。神様も真のお父様も、自分なりの真の愛ではなく、互いの真の愛に自然屈服しあったその心情から、お父様の聖霊を発動するのです。
三代王権によって、一人一人が主権を相続した王王妃となり、それぞれがお父様の聖霊を迎えることによって真の愛によって心情が繋がり合います。そうなれば、キリストの意志と心情のもとに、独立しながらもそれぞれの責任を果たした結果が、天一国の文明文化となって現れる霊連世協会となるのです。
神側の中央集権制など、言葉さえ不成立なものです。
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先回の記事で取り上げた「神側の中央集権制」があるという主張に対して、もう少し深めておきたいと思います。なぜなら、心の中心にキリストを立てるようにと、2023年2月19日の日本における特別礼拝において、二代王様が天一国に生きるための核心を語ってくださったからです。
神側の中央集権制があって、神様に支配されることが人間にとって幸福なのだというような主張は、真のお父様に対しても二代王様に対しても背信行為と同様だからです。
何よりも、「キリスト」という存在様相を理解不能にする、サタンの策略がその思考展開の中に入り込んでいるからです。
伝道責任者が取り上げた真のお父様のみ言と、まったく違う意味に読み取れる天聖経のみ言を引用しましょう。彼が引用したみ言を掲載した後に、その逆の意味を持つみ言を取り上げます。
**伝道責任者が取り上げたみ言**
【今日のみ言】
「天地の大道。愛の神、無償の愛。p56」
神様は我々にどれくらいの愛を与えたいのだろうか。それは「これで十分だ」というような限界を定めた愛ではない。無制限に与える愛である。神様はすべてを与えたとしても、「あなたによって生きたい。あなたの中で生きたい」と言われる方である。
神様は愛の中に入ったならば、僕のように生きてもかまわないという方である。
1970.11.15.
霊界の組織を見ると、神様は宇宙万有の存在の中で、為に生きる中心的な存在である。
我々は神様に支配されることが、どんなに幸福なことかが分からずにいる。
千年、万年支配されても感謝できる、理想の統一圏が成立するのである。
1975.1.16.
**逆の意味を持つみ言**
真の神様 第1章 神様の本体 5)法度の中での全知全能である②愛のみが絶対基準である
神様は絶対的であり、また全知全能で遍在する神様ですが、神様も愛だけは思いどおりにできないのです。神様も愛の支配を受けます。それでは神様は何ですか。神様は全知全能ではないのではないでしょうか。「神様、あなたは全能ではないのではありませんか」と言えば、「私は全能だが、愛には全能ではない」と言われるのです。神様がなぜそうなのですか。
**引用終了**
神様も愛の支配を受けたいと願うのであり、それは抑えがたい衝動なのです。そこで先回記事で紹介した、「神様は真の愛に絶対服従して生きるということが起源」というみ言に繋がるのです。
**天聖経より引用開始**
神様から造られたすべてのものはペア・システムです。鉱物世界もペア・システムであり、級は低いのですが陽イオンと陰イオンも愛を表示しながら絡み合っているのです。これは、レバレンド・ムーンがこの世に現れて、歴史始まって以来初めて発表するのです。神様御自身も真の愛を絶対視して、それに絶対服従して生きるというその起源を発表したのは、歴史上レバレンド・ムーンが初めてです。それは観念ではなく事実です。ですから、神様は、真の愛を探し出すために創造されたのです。(天聖経:宇宙の根本)
**引用終了**
「神様御自身も真の愛を絶対視して、それに絶対服従して生きるというその起源を発表したのは、歴史上レバレンド・ムーンが初めてです。」
このみ言こそ、真のお父様が「キリスト」であることの証明なのです。神様、つまり夜の神様は真のお父様の生心に臨在されるのです。夜の神様は、「あなたによって生きたい。あなたの中で生きたい」という願望を、「聖父・聖子・聖霊の三位一体」のキリストとして実現させるのです。
夜の神様はキリストの心の中に臨在されるだけではなく、私たち王王妃の心にも臨在されることを願うのです。私たち王王妃の心には、キリストのように直接臨在ではなく、お父様の聖霊によって間接的に臨在されるのです。しかし、神様と通じ合う感覚は、まさしく同様に感覚するのです。
このことが理解できると、直接主管圏という原理用語が、実感を帯びて理解できるようになるのです。
日本サンクチュアリ協会における中心性一体化が、もし、神側の中央集権体制だというのであれば、そこに「お父様の聖霊」が臨むことはありません。
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