嘲笑うような三日月が空に浮かぶ夜
まるで戦いは終わりだと言う様に
ナポレオンがウェリントン公爵の喉元に
突き付けていた剣をすっと下ろした。
ウェリントン公爵の瞳から零れ落ちた
涙が、地面を濡らしていく。
ボナ「過去の記憶も、涙も、罪も、喜びも
決して消えることはない」
「はっきりした意味などわからない。
だからこそ全部抱えたまま、生きていく」
「――あがきながら、もがきながらも
生きていく。それじゃ・・・だめか?」
ウェリ「・・・・っ」
ウェリントン公爵は涙をぽろぽろと零しながら
立ち上がると頭を抑えて慟哭した。
ウェリ「――・・・俺はそんな理想論を受け入れられない。
受け入れたくない・・・!」
「俺たちの最期に似合いなのは希望でもない、光でもない」
叫んだ瞬間、ナポレオンのシャツを
ぐっと掴み・・・、
ボナ「・・・!?」
ウェリ「――悲惨な、終焉だ」
そのまま崖の下に引きずり込んだ。
悠里「ナポレオン・・・!!」
まあ、生きてはいるとは思うけど。
名前を叫びながら、走り出す。
まるでスローモーションで見ているように
ナポレオンの身体が傾いていくのがわかった。
深い深い、崖下に向かって。
ボナ「・・・・っ」
悠里「ナポレオン・・・!」
崖の淵から身を乗り出して落ちていく
ナポレオンに手を伸ばしたその瞬間・・・、
悠里「・・・・!」
指先だけが触れ合い、そのまま
手が離れていく。
一瞬だけ、ナポレオンと視線が絡み、
――彼は、優しく微笑んだ。
(・・・そ、んな・・・)
(・・・・・・そんな)
「ナポレオン・・・っ、ナポレオン!」
ジャン「・・・・悠里!」
(嘘だよ、・・・こんなのは嘘だよ)
悠里「ナポレオン、返事をして・・・!」
崖下に向かって叫ぶ、声が嗄れそうになるまで叫ぶ。
だけど、あの優しい声は、聞こえない。
(・・・・嘘)
悠里「嫌だ・・・嫌っ・・・」
信じられなくて崖下に手を伸ばそうとすると
肩をぐっと引き寄せられた。
ジャン「・・・悠里!」
ジャンヌさんと視線が重なり、・・・・
ふっと我に返る。
悠里「ジャンヌさん・・・」
ジャン「お前まで崖下に落ちるつもりか・・・!」
「・・・・・・・お前まで、死ぬつもりか」
おい。そんな滅相もないことを。
悠里「・・・・・・死ぬ?」
ジャン「・・・この高さだ。ヴァンパイヤでも
助からん。ナポレオンはもう・・・」
おいおいおい、追い打ちすな。
“もう、死んだ”その言葉が胸の中を
支配して、堰を切った様に涙が零れ落ちていく。
空がしだいに白んで、朝陽がゆっくり
昇り始め・・・、
無情にも新しい1日を告げる。
悠里「・・・ジャンヌさん、私・・・
何度もナポレオンに手を引いて
もらったんです」
ジャン「・・・・」
悠里「だから・・・、私もナポレオンの手を
掴んで離さないって思ってた・・・」
絶望の中、思い出すのはどうしてか
ふたりで笑いあった穏やかな1日のことだった。
(・・・そろそろ陽が落ちそうだな)
(せっかくまたこの場所に来たのに
ずっと眠ってるよなぁ)
マジか。
ナポレオンは花畑に身体を埋めて
すやすやと寝息をたてている。
私は寝ているナポレオンに向かって
手を伸ばした。
「ねえ、ナポレオン。そろそろ陽が落ちちゃうよ。
お屋敷に戻ろう・・・?」
ボナ「・・・・・」
(・・・ほんと、寝起きが悪いんだから)
「置いてっちゃうよ?本当に本当に
置いて行っちゃうよ?」
ボナ「・・・置いて行かないくせによく言う」
お前が起きないからだ。
ナポレオンの大きな瞳が持ち上げられ
唇がにやりとした弧を描く。
悠里「・・・っ、いつから起きてたの?」
ボナ「だいぶ前から」
じゃあ素直に起きろよ。
(もう・・・)
拗ねる私に、ナポレオンが手を伸ばす。
ボナ「ん・・・・」
悠里「・・・?」
ボナ「起きるから、手、引けよ」
悠里「あ、うん。わかった・・・!」
私たちの手が、繋がる。
交わる体温がやけに温かくて、
私は笑みをこぼした。
(だけど・・・だけど・・・)
自分の手のひらを見つめる。
「私・・・ナポレオンの手、掴めなかった」
ジャン「・・・・っ」
悠里「ナポレオンの手、・・・離しちゃった」
ジャン「・・・・・・悠里」
涙があふれて止まらない。
無情にも希望の様に降り注ぐ陽ざしの下
私はただ声をあげて泣き続けた。
声を上げ続けたら、ナポレオンが戻ってきてくれる
様な気がして。