――・・・路地裏からお屋敷に戻ってくる
頃には、空はすっかり紺碧色に染まっていた。
(・・・もっと話をしたいって伝えたものの、
どう切り出して良いものか、迷う・・・)
ボナ「・・・ついて来い」
悠里「え?!どこに行くの?」
ボナ「行けばわかる」
悠里「それはそうだと思うけど・・・っ」
ボナ「・・・行くぞ」
ナポレオンはいつものごとく
説明は後だというように私の前を歩いていく。
だけど、いつもと違うことがひとつだけある。
(今日は手、引いてくれないんだな・・・)
(けど、ナポレオンの手を怖がってしまったのは私だ)
出来てしまった見えない壁を壊したい、
その一心で私は目の前の背中を追いかけた。
屋敷に入り、暗い階段を
登っていく。
悠里「ナ、ナポレオン・・・っ!
真っ暗だし、なんだか足元が不安定だよ・・・っ」
ボナ「ここの階段だけ無駄に老朽化しててな。
落っこちるなよ」
足場が悪い階段を登っていくと
次第に目の前がふんわり明るくなって・・・
ボナ「・・・到着」
(うわぁ・・・!)
辿り着いた場所は、このお屋敷の屋根裏部屋だった。
悠里「こんな場所があるなんて
知らなかった」
ボナ「まあ、この古い階段登ろうと思う
奴はあんまりいないからな」
「屋敷の奴も滅多にこない」
「――この屋敷で、俺が一番気に入ってる場所だ」
じゃあナポレオン攻略したらもしかしたら
この部屋がエンド到達プレゼントになるかもな。
ナポレオンは薄く笑うと、手招きする。
悠里「なに・・・?」
ボナ「いいから、もっと近くに来い」
促されるままナポレオンに近づくと
指先が窓の外を指す。
少し身を乗り出して、窓の外を眺めると・・・
悠里「・・・っすごい」
遠くに19世紀フランスの街並みが広がる。
上を見上げると空が近くて、星に手が
届いてしまいそうだ。
ボナ「――気に入ったか?」
選択)
・・・ずっと見ていたい
当たり前だよ→選択
この世界で一番綺麗な景色
「当たり前だよ・・・っ。
目を奪われるってこういうことを
言うんだね」
ボナ「・・・嬉しそうな顔」
「俺も、ここから見える景色が好きだ」
「街の灯りを見てると、平和な場所で
人がちゃんと生きてるんだと思える」
悠里「・・・ひとつひとつ灯りがついている
場所で、人が生活しているんだもんね」
ボナ「・・・そういうこと」
ふたり並んで輝く景色を見つめながら
気づかれないように息をつく。
(・・・ちゃんと、伝えないと)
愛され度+4愛する度+2
・・・・
悠里「ねえ、ナポレオン」
ボナ「・・・・あ?」
視線が絡み合う。
(取り繕った言葉じゃなくて、ちゃんと私の
気持ちを言葉にしたい)
悠里「教会でナポレオンが剣を構えた時
私・・・ナポレオンのことを
怖いと思ったんだ」
「本当に人の命を奪ってしまいそうに見えたから」
少しの沈黙もあと、淡々とした声が返ってくる。
ボナ「・・・ああ、そうだよ」
「俺はあの時、命を奪う覚悟で剣を
握っていた」
「それにあの場で口にした言葉は全て事実だ」
ボナ「――・・・人の命は散々この手で奪って
きたが?」
修道士「・・・見え透いた嘘をつくな」
ボナ「嘘であればどれだけ良かっただろうなぁ・・・」
「この肩には、数えきれない者の命が
乗っている。・・・全て、俺がしでかした代償だ」
「だからこそ、こいつが望めば俺はお前を
――容赦なく殺せる」
「その覚悟があって今、剣を向けているのだが・・・?」
(・・・まだ、あの時の冷たい声も、
ひどく冷えた眼差しも覚えてる)
悠里「うん・・・わかってる。だってナポレオンは
軍人として生きていたんだから」
「だけど、私はナポレオンに出逢ってから
そんな当たり前のことを知ろうともしなかったの」
ボナ「・・・どういう意味だ」
悠里「元々そんなに歴史に詳しくないっていう
こともあるけど・・・」
「目の前にいるナポレオンが、私にとっての
ナポレオンだったから」
ボナ「・・・・」
悠里「何気ない日常を一緒に過ごしてくれて
いつも傍にいてくれて・・・」
「それに甘えてナポレオンの過去を知ろうとも
しなかった。それで怖がるなんて勝手な
話だよ」
「だから・・・、ごめんなさい」
深く頭を下げると、粗野な手つきが
くしゃくしゃと髪を掻き混ぜた。
悠里「わ・・・っ!」
驚いて顔を上げると、ナポレオンは
眉を下げて微笑んでいる。
ボナ「――なんでお前が謝る必要があるんだよ」
「俺もお前に過去のことは話そうとしなかった。
・・・それだけの話だ」
(・・・この人は、どこまで優しいのだろう)
ゆっくり手が離れて、代わりに力強い
眼差しが私を捉えた。
えっ、やめて。和解はしたけど
恋愛路線はまだまだだぞ?
「・・・俺は、お前が知りたいと望んだことは
話す。そう、決めた」
「――お前は、俺を知りたいと思ってるのか?」
・・・・
「――お前は、俺を知りたいと思ってるのか?」
(私は、もうあなたから目を背けたくない)
悠里「うん――、私は、ナポレオンのことを知りたい」
「でもね、言いたくないことは言わなくて
いいの。だから・・・っ」
ボナ「わかったよ、そんなに焦るな」
ナポレオンは頷きながら微笑むと
その場に腰を下ろす。
そして、指でとんとんと床を叩いた。
座れ、と。
悠里「・・・・?」
ボナ「ずっと立ったままでいるつもりかよ。
・・・話すんだろ」
悠里「あ、うん・・・!」
ナポレオンの隣に並んで腰かける。
ボナ「で、何が知りたい・・・?」
(知りたいことはたくさんある・・・)
どんな子供時代を過ごしたのか、
どんな景色を見て生きて来たのか・・・
聞きたいことは、きっと空に浮かぶ
星の数よりもあるのだと思う。
(だけど、ナポレオンの価値観の真ん中に
あることを、知りたい)
ずっと触れてこなかった問いを、
私はナポレオンに投げかけた。
悠里「どうして、ナポレオンは軍人として戦ったの?」
ボナ「どうして・・・か」
悠里「前にフランスで軍人になって家族を
支えたかった・・・って話してくれたけど」
ボナ「ああ“始め”のきっかけは、その気持ち
だけだった」
「色んなものを守るために軍人になる――
そう思ってた。だが・・・」
「フランス革命が始まると、そんな生ぬるい
ことは言っていられなくなったんだよ」
悠里「フランス革命って、確か王政に反対する
民衆が立ち上がったんだっけ・・・?」
ボナ「お前に時代では、そこまで語り継がれてんのか」
「・・・まあ、それよりお前が知ってたことに
驚いているけどな」
悠里「・・・っ馬鹿にしてるでしょ」
ボナ「してる」
言うんだ。
(・・・もう)
少しだけ穏やかになったナポレオンの瞳が
すっと冷静な色を帯びる。
「そこから国内は乱れて、色んな場所で
戦いが起こり始めた。
「国内だけじゃない、そこに諸外国も加わって
・・・ひどい有様だった」
悠里「フランス国内が乱れ始めたから、
付け入ろうとしたってこと?」
ボナ「その通りだ。同じフランス人同士で
争ってる場合じゃない」
「どんなことをしてでも、国内の反乱を
阻止しようと思って指揮を執った」
・・・・・
それからナポレオンは、内乱を鎮めたこと。
――その功績から、フランス軍の全てを
任される国内最高司令官になったことを
話してくれた。
そして・・・、内乱を鎮めたあとでも
戦いは終わらなかったことも。
ボナ「いつもいつも、考えていた・・・
『この戦いが終われば、平和が手に入る』」
「いつもいつも、願っていた・・・
『この戦いが、最後の戦いであってほしい』と」
「けど、そんなのただの綺麗事に過ぎない」
悠里「・・・綺麗ごと?」
ボナ「ああ・・・」
ナポレオンが手を月明かりにかざす。
そして、苦しそうに自分の手を見つめた。
「戦いの最中で、たくさんの命を犠牲にしたのは
事実だからだ」
何が善で何が悪で、何が最良だったのかは
わからない、そう言いたげに瞳が揺れている。
(・・・ナポレオンは、守るために
軍人になった)
(だけど、その意味が混乱の世の中で
少しずつ変わって来てしまったんだ・・・)
セバス「彼は自国フランスにとっては英雄、
ただし――敵国にとっては
殺したいほど憎まれる人物」
「数えきれない程、剣を振って来たと
思いますが、そのどれもが過酷なもので
あったことは想像できます」
「一瞬でも弱みを見せたら、一歩でも
引き下がったら負ける。そうしたら
自分だけじゃなく国も滅びる」
「時には冷徹な判断を下し――
冷たい王座に座り続ける」
「周囲からは英雄とあがめられるけれど
隣を歩く人はいない」
「常人と同じ精神では生きていけない、
生きることは許されなかったはずです」
セバスの言葉が、脳裏を掠める。
悠里「・・・ナポレオンは、軍人として
戦ったことを後悔してるの?」
ボナ「いや・・・していない」
「俺は、一度だって軍人になったことは
後悔していない」
ナポレオンは、揺らぐことのない声で告げた。
「――後悔するってことは、あの頃の自分を
否定することは」
「自分がしてきた事の全てから目を背ける
ことだ」
「だから俺は後悔はしていない。
・・・後悔は、絶対に、しない」
・・・・
その声は、まるで誓いの様に
私に胸の奥に響いた。
(ナポレオンの背負ってきた過去は
私が想像するものよりずっとずっと重い)
(それに、簡単に想像して理解した気にも
なりたくない)
ボナ「・・・まあ、だからこの屋敷に来た
理由も生を長らえてる理由も
わからないままなんだけどな」
まるで、私の心を軽くするように
なんでもない調子でナポレオンが言う。
その声に、なぜか胸がぐっと詰まった。
悠里「・・・話してくれて、ありがとう。ナポレオン」
ボナ「・・・・・悠里」
悠里「ん・・・?」
ナポレオンの視線が、私に向けられる。
ボナ「もっと・・・、俺が怖くなったか?」
「・・・あの時以上に、俺が怖くなったか?」
悠里「・・・え?」
ボナ「何を言われようが俺は気にしない。
――だから、そう思ったのなら言え」
「守る側の人間が怖がられてちゃ
意味がないしな」
(・・・また、あの顔だ)
切なそうな、それでいてどこか
諦めたような表情が私の目を奪う。
(・・・もう、私はナポレオンの
こんな顔は見たくない)
あの日怖がってしまった手を
たくさんの命を奪ってきたと言っていた手を
見つめる。
(私は、もう一度この手を取りたい。
もう一度、この手で触ってほしい)
衝動が身体を突き動かし、
床に置かれた手を自分の手で包む。
ボナ「・・・っ!」
ぎゅっと、痛いくらいに包む。
悠里「・・・ナポレオン、怖くないよ」
ボナ「・・・・」
悠里「もう、怖くない」
「あのね、どんなに想像しても私は
ナポレオンの背負ってきたものの
重さの全てを理解できないと思う」
「人の命に対する価値観も・・・
同じものになることはないと思う」
「だけど・・・、わかりたいって、
寄り添いたいって思うんだよ」
ボナ「・・・寄り添う?」
悠里「ナポレオンが出逢った日から、
私の手を引いてくれたみたいに・・・」
「私はこの手を掴んで、離さないから」
「私は、もう二度と、この手を怖いと
思わない」