山崎豊子「不毛地帯」、読了。 | ほしちゃんの日記。

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ワケあって、山崎豊子の社会派長編小説「不毛地帯」を読む事になり、このほど読了した。

全5巻、3,000㌻を超える大作だが、特に序盤のシベリア篇などしんどい中にも次が読みたくて仕方がなくなる、楽しい時間であった。

 

多くの方が読まれていると思うので詳述する必要もないが、大本営参謀だった壹岐正を主人公とし、11年に及ぶシベリア抑留生活を経て近畿商事(伊藤忠商事がモチーフだそうな)で戦闘機購入の裏工作、国内自動車メーカーへの米国メーカーの出資の画策などを経て、最後は社運を賭けたイランでの石油採掘事業に携わる。この壹岐正は実在する瀬島龍三がモチーフと云われているが、戦闘機購入をめぐる汚職は実際にあった「ロッキード事件」とは一切関係なく、偶然の一致だそうな。

 

序盤はとにかく、読んでいて歯ぎしりが止まらぬほどに旧ソ連という国のひどさをこれでもかと思い知られる。自分が強制労働させられたわけではないのだが、「資本主義を幇助した」というでっち上げで何十万人もの日本人が何年も抑留され、過酷な生活で命を落とした事実は見逃せない。そもそもソ連=ロシアはドサクサ紛れに攻めてくる国であり全く好きになれないが、この作品を読めばロシアという国とどう付き合うべきか?の答えが明確に出るはずだ。

 

帰国後の壹岐の動きは、とにかく商社マンのハードさ、もっと言えばえげつなさがひしひしと伝わる。政治家に賄賂を渡し、一方で出世争いに巻き込まれ…いや、壹岐という人は決して出世欲にまみれた人ではないのだがとかく元・大本営参謀という肩書がついて回り、行く先々で誤解されてしまう。

 

しかしながら全篇を通じて強く思うのは、山崎豊子という人の取材力の高さだ。シベリア抑留者の生活ぶりはもちろん、戦闘機・自動車・製油産業と専門性の高い業界を細部まで調べ上げ、物語を紡いだその力量には、ただただ恐れ入ったとしか言いようがない。特に製油に関しては女性の出入りの制限も厳しい中東諸国を長期にわたって取材せねばならず困難を極めた、と山崎豊子本人も後書きで述懐している。

 

壹岐の上官であった秋津中将の実娘・千里とは再婚には至らなかったものの、その凛とした美しさは物語の全篇を通じて描かれ、一度お目にかかりたくなる。唐沢寿明が壹岐を演じた実写版では千里役を小雪が演じたらしいが、私の頭の中では小雪をも遥かに上回る美しさだ。

問題は、そんな千里と男女の関係になった壹岐はシベリア時代に栄養失調から壊血病になりかなり歯が抜けてしまったはずだ。帰国後、ちゃんと差し歯でも入れたのだろうか(笑)…?