プレアディアンは地球のことをこんなによく理解しているのかと、驚いた件
プレアディアンのメッセージを読んで確かにそうだと身につまされました。
地球の男性は妻や子を養うために自分を犠牲にして働くことを当たり前だと思っています。
また、社会に貢献するために、会社で働くことに意義を見出してきました。
ところが、最近では事情が違ってきました。女性は自立し、子育ては社会的責任だという時代になってきています。
一方で、社会は、世界的に一部の超富豪のエリートによって支配されており、腐り切っているという絶望感があります。
そんな中で、男性は、かつてのようには24時間、この社会で、女や子供のために労働する意義が見出せなくなっています。
地球の社会全体は、破滅の方向に向かっているのかもしれません。
そして地球上のどんな国にも、大きな社会にも、もはや属する意義を、男性は見出せなくなっています。
だから、今流行っているのは、社会からドロップアウトすることです。
(私が十代のときに既に試みたことです。)
でも、私は自分で実践してわかったのですが、私はたった一人では生きていけませんでした。
文字通り「一人で生きる」ということは、無人島で狩猟採集して、裸一貫からすべてのものを自分で自然のものから作って生きるということです。
何か出来合いの製品をお金で買ったりしたら、そのときはもう“一人で生きた”ことにはなりません。
たとえば今流行りの、田舎に引っ越して、小さな共同体をつくって、大きな社会からは自立して生きるとします。
でも、“大きな社会”から何かを買ったりしたら、厳密な意味では実質的には大きな社会に依然として所属していることになります。
でも、そこまで厳密なことは抜きにして、今流行り始めたことは、既存の社会から離れて山里に引っ越して、気の合う仲間たちと一緒に小さな共同体(コミューン)を作って、そこで自給自足し、子供を育てることでしょう。
(私は十代から20代前半でそのようなコミューンの実験場(?)を体験しました。)
(多くの人に、「逃避している」と言われましたが、私にとってみたら、「理想の探求」であり、“逃避”ではありませんでした。)
今は逆に、この“滅びゆく社会”に所属してアクセク働くことに意義を見出せなくなっている男性がたくさんいるような気がします。
そのような男性は、思い切って都会から抜け出して、愛する女性と山里に引っ越して、自給自足して子育てすることは、とてもいいことだと私は思います。
でも私は既に20代前半で、さんざん実験して、ドロップアウトから逆にこの社会にドロップインしました。
そして、この大きな社会の中で愛する女性と出来合い、戸籍をつくって、子供を育てました。
だから、この社会がどんなに腐っていても、これからこの社会が崩壊しようとも、ここから逃げようとは思いません。
この社会で子供を育てて、やっと子供が自立したので、他の地球の男性と同じように、自分がこの社会に所属して労働することが、地球にとって意味あることだとはもはや考えられなくなっていますが、この社会から離れて理想郷を作ろうとは思いません。
運命共同体。
小さな共同体を運命共同体と考えるか、それともこの腐り滅びゆく社会全体を運命共同体と考えるか、自分の意識をどこにフォーカスするかの問題です。
この社会が腐って滅びるなら、自分の責任でもあります。
だから私は山里にはたぶん引っ越したりしないでしょう。
大地震が起きようと、たぶん東京にいるでしょう。