皆さんこんにちは、
六甲道校の北浦です。

今日はマジメな内容なのでチョケるのは封印していきたいと思います。


先日ある生徒に会いに、
一つの教室に向かいました。

その生徒は中3で受験生、
しかしなかなか授業に集中できず勉強も頭に入らないと担当の先生から聞いていました。

これは直接話した方がいいと思い会いに行ったのですが、
その時まさに単語テスト中、
英語がホントに苦手で毎回5個だけ単語を覚えてくるように先生が指示を出していました。

テストを解いてる様子を見ると全く書けていない。
たった5個すらも覚えていません。
熱心なその先生は、
「全然覚えてきてくれないんです」
とこぼしていました。


正直ヤル気がないと思われても仕方のない結果で、
自分も注意をしようと思ったその時、
ある単語が目に入りました。

speakのsを逆さまに書いていたのです。


その時、
ある言葉が頭に浮かびました。
「ディスレクシア…?」

日本ではまだあまり一般的になっていない単語ですが、
以前うちの息子が「発達障害の可能性があるから診断した方がいい」と保育園の先生に言われたことがあり、
その時に色々勉強して知った言葉でした。


知能には何の問題もないのに、
文字を認識する能力に欠損があり、
日常生活やコミュニケーションには何ら異常が無いながら、
文字が読めないという症状を指すものです。


入塾時の面談では意識も高く、
自分の意見もしっかりと言える。
でも英語の成績がなかなか上がらないからお願いしたいと塾に来た子でした。

この子なら目的意識と正しい勉強の仕方で成績は上がるだろうと思っていたのですが、
なかなか上がらない状態が続いていました。
単にヤル気がまだついてきていないだけだろうと考えていたのですが…。


その日、
学校の通知表(5段階)を聞いたとき、
数学だけ3でそれ以外は1か2、
多くの文字を読まないといけない理科や社会、
また文字そのものである国語の漢字は壊滅的らしく、
本人も「漢字は諦めてる」とのことでした。


疑問が確信に変わりました。


アメリカではトム・クルーズやスティーブン・スピルバーグ等の有名人がカミングアウトしたことで認知度も高く研究も進んでいますが、
日本では残念ながらまだまだ認知されていません。

単に本人のヤル気がないとか、
姿勢が悪いという意見で一蹴されることが多々あります。

現にその子も学校の面談で、
「このままでは高校に行けない。そろそろヤル気を出したらどうだ。」
と言われて先生とケンカをしてしまったそうです。

歌詞を覚えられない音楽などは、
一人で歌わないといけない歌のテストは全て不参加、
通知表も「態度が悪い」と常に1がついてしまうそうです。


これまで接してきた多くの子達の中に、
確実にディスレクシアの生徒がいたと今は思います。
それもそのはず、
30人に1人はいるくらいの割合だそうです。

これは1クラスの中に1人以上はいる割安で、
周囲に理解が進んでいる環境が無い多くの子達が恐らく、
その子のように「ヤル気の無い生徒」として扱われているのでしょう。


実際にディスレクシアの子は周りに理解されず、
本人も「俺はやっても無駄だ」と諦めてしまい、
ドロップアウトしてしまう子が多いそうです。

私が以前参加した勉強会では、
大人になってからディスレクシアに気付いたという方(井上智さんといいます)が話してくださいました。


聞けば聞くほど、
これまでの生徒に申し訳ないという気持ちになり涙が流れてくるお話で、
井上さんは周りに理解されないツラさ・自分に対する不甲斐なさから不良になり、
字が読めない・書けないことを周囲にひた隠しにして生きてきたそうです。
奥様にもずっと隠していたそうです。


今では大工さんとして立派に成功されているものの、
自身がディスレクシアと気付いてからも
「もっと早くこのことに気付いていれば」
「今現在も同じように悩んでいる子供たちがいるんじゃないか」
という思いで深く悩まれているそうです。


私も今悩んでいます。
本人、お母様にこのことを言うべきかどうか。


正直、
自分の子に「障害がある(またはその可能性がある)」と言われるツラさを経験して、
誰にもこんな思いをさせたくないという気持ちが強いです。

しかし、
言わずに「俺はやっても無駄な人間」「この子にはヤル気がない」と思わせ続けることも非常にツラいです。


結論からいうと、
私は本人達に伝えると思います。


でも今も日本中で、
同じように悩んでいる子がいると思うとやりきれない思いになります。


もっともっとディスレクシアへの理解が進み、
その子達が適正に能力を発揮できる環境ができ、
例えば学校の授業、
また入学試験、
そして就職試験など、
多くのディスレクシアの子達がその才能を潰されずに発揮できるようになることを切に望みます。



そして私も、
まずは目の前のその子のために勉強していきます。
もし「私もそうかも」と思う方がいましたら、
相談に来てください。

残念ながら私もまだ答えを持っていません。
しかし一緒に悩み、
模索することはできます。

どうか「自分はやってもダメだから」なんて悲しいことは思わないように…。