その34:恋愛のはじまり、、、 | 内緒の恋話

内緒の恋話

ちょっとエッチな大人の恋話

 

 脇本愛はゴルフ練習場のレストランでひとりコーヒーを飲んでいた。

レッスンの時間までまだ30分以上もある。窓際の席でコーヒーを飲みながらなにげに駐車場に出入りする車を見ていた。すると駐車場の入口から黒のスポーツカーが現れた。愛はそのスポーツカーを目で追った。そして車が駐車し運転席からひとりの男が降りてきた。紛れもなく彼だった。後部座席からキャディバッグを取り出し肩に掛けてクラブハウスへと向かってくる。

今日は平日の水曜日、仕事はどうしたんだろう?愛はとっさに貴重品だけ持ってレストランを出てクラブハウスのフロントに行った。彼が自動ドアの向こうから現れた。

愛が正面に立っているのを見つけ驚いたようだ。

「お、おはようござます、、、脇本さん、レッスンですか?」と干野が愛に声を掛けた。

「干野さんこそどうしたのですか?今日は水曜日ですよ、お仕事は?」

干野はキャディバッグを置きながら

「代休です。最近うちの会社もうるさくて、、、。管理職でも代休が残っている人は取得するようにと言われてて、少し仕事も落ち着いたので今日はいいかと、、、で、休んだわけです。まさか脇本さんに会えるなんて思ってもみませんでしたよ。でも、レッスンは確か木曜日じゃなかったんですか?振替ですか?」

少し喜んでいる干野が愛の目の前にいた。

「そう、今日は振替で来ました、」と。

そして、

干野さんは練習?レッスン?」

と聞くとワンポイントレッスンで予約しているという。

レッスンのクラスは違うが終わる時間がほぼ一緒なのでそのままレストランでランチしようということになった。愛はあれ以来干野と会っていない。

 

レッスンが終わり干野が少し遅れてレストランに来た。愛は窓際のテーブルでオーダーをせずに待っていた。

「あ、干野さん、ここ、」

と愛が手を挙げた。笑顔だった。

「あ、すいません、遅れてしまって、」

と少しすまなさそうに言ったが、愛も今来たところだと返した。

二人はサービスランチを注文し、食事をしながらゴルフ談義になった。

愛は今悩んでいるラウンド中のマネージメントのことを聞いた。

 

「そうそう、必ずしもパーオンする必要ないですよ。乗せてやる!って思うから力がはいってミスをする。なのでボギーオンでいいんです。アプローチで寄せて寄せきったら1パットでパーでしょ。それでいいんですよ。」

とアドバイスした。愛にとってゴルフの話が一番気兼ねなく干野と会話できる。素直にゴルフが上手くなりたいと思っている気持ちが出る。

続けて

「、、、だから100ヤード以内のアプローチを特に練習しないとね。アプローチ、プロでも一生懸命練習してるもんね。」

干野もまた、ゴルフの話しになると真剣な眼差しになる。たまに競技にも出るということなので趣味の域を超えてスポーツとして取り組んでいる。

「あ、ゴルフの話ばっかりになりましたね、すいません、、、」

今日の干野は愛の知っている干野とは違って優しい雰囲気が見える。それはなぜなんだろう?いつもの強引さが無い。

「いえいえ、私のほうから質問したので、、、」

と恐縮するように言った。

「コーヒーでも飲みません?」

と干野が言うので食後にコーヒーを飲むことになった。

 

ランチの皿が下げられコーヒーカップが2つ来た。

差し向かいで干野と愛はコーヒーを飲んでいる。

ふと愛が干野に

「今日の干野さん、何か違う、、、」

と言った。

「え、違う?何が違うのかな?いつもと一緒ですけど、、、」

「私にはそうは見えないわ、何か、とっても優しい感じがする、それか私がそんな干野さんの部分を知らなかったのかもしれないけれど、、、」

「あ、そうかなぁ、、、」

干野はそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

続けて、

「それと、、、この前は、すいませんでした。」

とぼそっと言った。

愛は何に謝れているのかがわからなかった。

「えっ?何が?」

聞きなおした。

すると、

「何か、何かわからないけど、、、」

干野が下を向いて呟くように言った。

「干野さん、それって、、、あの夜のこと?星を観に行った時のこと?」愛は質問を続けた。

「え、ええぇ、」

徐々に声が小さくなる。こんな干野は初めて見た。

「私に、、、キスをしたことを謝るの?どうして、どうして?謝るんだったらなんでしたの?」

少し怒った口調になった。干野は黙っている。しばらく時間が過ぎた。そして干野は

「、似てる、似てるんですよ、」

と小さな声で言った。

愛には何が何だかわからず、

「ん?何が?似てるって何のこと?」

と聞き返すのが精一杯だった。それから干野は顔を上げて言った、

「脇本さんは僕の亡くなった妻に似てるんです。初めて会った時にドキッとした。横顔は本当によく似ている、」

愛は驚いた。驚いて言葉が出なかった。続いて干野が

それでこの間コンペで一緒の組になった時は嬉しくて嬉しくて。しかも泊まりでゴルフにまで誘って頂いたりして、、、夢のようでした。久しぶりにドキドキしました、、、。」

干野はゆっくり丁寧に言葉を選んで話した。

「でも、その人には旦那さんがいる、、、冷静に考えればそうですよね。だめですよね、人のモノに手を出したら、、、」

少し自分のしたことに後悔をしているような喋り方だ。しかし愛は思い出した、

「干野さん、でも、あなた言ったじゃない、旦那がいようと彼氏がいようとそんなことはたいしたことじゃないって、、、あれはウソなの?」

確かに干野は以前愛にそのような事を言った覚えがある。

「あ、あれは、、、うそじゃありません。でも強がりが勝っていたと思います、、、」

徐々に愛は腹が立ってきた、、、そしてこんな事を言ってしまった。

「何で?何でそんなこと言ったのよ、、、」

そして、少し間を空けて

「もう、遅いわよ、」

と小さな声だが干野にはしっかり聞こえた。

しばらく二人とも喋らなかった。ゆっくりと時間が流れてゆく。静かな時間だ。それはまるでこの先、嵐が来る、嵐の前触れの静けさのようだ。

 

「ん?今何て言いました?」

干野が聞き返した。聞こえていたが聞き直した。

愛は下を向いたまま顔を上げない。もう一度干野が聞いた。

「脇本さん、今何て?」

しかし愛はまだ下を向いている。

そして愛の目からは大きな涙が一粒落ちたのを干野は確認した。

下を向いたまま愛は、

「もうだめ、走り出しちゃったのよわたし、、、自分でも止めれない」

 

また二人の間に静かな時間が過ぎた。

何も言わない愛と何も言わない干野、、、。

お互い思うことがあるのだろう。干野は謝ったが愛は止めれないと言う。その時に愛が口を開いた、

「私、干野さんが初めてかも。まさかこの歳になって男の人を好きになるなんて、、、思ってもみなかった、」

干野も顔を上げた、そして愛が言った

「初めてってどういうこと?」の意味を問うた。

 

小学生のころから水泳をしていて恋愛には疎遠だったと。大学に入りインカレとかにも出たがレベルの違いを目の当たりにして競技から引退。そして今の旦那と出会いそのまま社会に出ても付き合い結婚。

特に恋愛のほろ苦い思い出や振った振られたの経験はない。

なので自分から男の人を好きになったのは初めてだと言う。

今の旦那は好きだと言ってくれて成り行きで付き合うようになりそのまま結婚となった。別に他人に邪魔されたわけでもなく自分が取ったわけでもない。恋愛ドラマを作るとなると全く面白くないストーリーである。

 

「そうだったんですね、、、」

 

そして、

「干野さんの奥様のお話、聞かせてもらえませんか?」

と愛が言った。

 

干野の妻は元々友人の彼女だったらしい。それを干野が奪ったとのこと。殴り合いのケンカになったが若かったのでそれでいいと思ったらしい。もちろんその友達とはそれ以来疎遠とのことだ。

結婚してしばらくして体調不良を訴え病院で検査。心臓の不整脈が判明した。投薬で様子を見るが日によって波があった。しばらく投薬は続けるがある時に入院して検査を受けた結果、特発性拡張型心筋症という病名で難病指定の病気だと判明し身体障害者の認定を受けた。その時点で干野は営業職からスタッフ部門に配置転換を希望したという。それから自宅療養していたが様態が急変し救急車で運ばれたりして入退院を繰り返していた。完治するには心臓移植しかないと言われ闘病生活を続けていたが、最後は力尽きたと。病気の原因は色々と調べた結果、染色体異常からのものであると判明した。その闘病生活の5年間は全て干野が介護していたという。今から11年前のことである。その話を愛は黙ってずっと聞いていた。そして時折涙ぐむ場面もあった。

 

「ごめんなさい、言いにくいこと聞いちゃった、」

「あ、いえいえ、今となってはもう済んだことですから、」干野は愛に気を遣って少し笑顔で答えた。

「ご苦労されたんですね、、、ご友人の彼女を奪う、干野さんらしい。でも最愛の人だったんですね、」

としみじみその話を聞いて愛はすっかり感傷的な気分になった。干野に対して母性本能も働いた。

「罰が当たったんですよ、罰が、、、」

「えっ?罰?」

「そう、罰。人のものを取った罰。だから彼女は居ないくなった、、、」

干野は遠くを見つめている。その先にはきっと亡くなった奥様の顔が浮かんでいるのか、と愛は思った。

続けて干野は、

「だから、、、ごめんなさい、って言わないと」

「だめよ、そんなの、、、さっきも言ったじゃない。もう手遅れよ、」

「手遅れ?」

「そう、手遅れ、、、だって私、干野さんのこと、、、」と言った時だった。

 

「愛さん、愛さんじゃない?久しぶり~」と西野麗華がレストランの入口で手を振っている。

それに気付いた愛が西野麗華の方を見た。そして麗華が愛の方向へ向かってくる。

テーブルの前まで来た。

「コンペ以来ですよね、元気でした?あ、干野さん、、、でしたっけ?」

と麗華は干野にもペコリと頭を下げた。

「そうね、コンペ以来ね。今日はレッスン?振替なの?」

「そう、振替。愛さんもですよね。愛さん木曜日でしょ?」

「あ、うん。そうなの。もう午前中に終わったけどね。」

「へぇ~それで干野さんとランチしてコーヒー飲んでたんですか?わぁー邪魔しちゃったみたい(笑)」

と西野麗華が茶化した。

「そんなことないわよ、何言ってるのよ、、、干野さんも今日は会社をお休みしてレッスンに来られてばったり会ったのよ。それでランチしててね、、、そんな感じ」

愛は少し焦ったがうそは言っていない。

「じゃ、僕はこの辺で失礼します、」

と干野が先に立ち上がった。右手には伝票を持っている。すかさず麗華が

「いえいえ、私今からレッスンなんで行きますからごゆっくりしてらしてください、、、」

と言い軽く挨拶して練習場へ向かった。

 

干野は伝票を持ちそのままチェックへ向かおうとした。

「あ、ちょっと待ってください。ランチ代、、、」

「いえ、今日は僕が払いますので、」

と言いそのまま干野が支払った。

そして、

「今日はこれで失礼します、」

と言いバッグを肩に掛けて駐車場へ向かおうとした。その時に、

まだ話しは終わってないわ、ちょっと待って」

と後ろから愛が追いかけてきた。

「干野さん、携帯の番号、LINEのアドレス教えてよ。」

今日の愛は積極的だった。

「脇本さん、もうこれ以上二人で会わないほうがいいんじゃ、、、

と言う干野の言葉を愛が遮った。

「いや、そんなことできない、絶対にできない、」

強い目力も添えられた。

「スマホ貸して、」

と言われ愛の好き勝手に電話番号とLINEの登録が行われた。

「干野さん、さっきも言いましたが、私初めてなんです。男の人をこのように好きになったのは。なので中途半端で終わりたくない。私、恋愛がしてみたい。ドキドキするような恋愛が、、、。それを芽生えさせてくれたのは干野さんよ。」

今までの愛とは明らかに違う。干野はそう思った。

 

そして干野自身もこんなにストレートに言われたことはない。

そんな事を言わしてしまったのかと思うと自分自身が情けない。

「わかりました、少し考えさせてください、、、。必ずお答えをします、、、」

と言い干野は車に乗った。そしてエンジンを掛けた。ポルシェのエグゾーストノートが駐車場に響き黒のスポーツカーは姿を消した。

 

その姿を見つめている愛はこれまで感じたことがない期待と不安が胸に広がった。

罪悪感もあった。

しかし愛の人生で退屈なものがあるとしたらそれは過去の恋愛だろう。過去の恋愛と言っても恋愛と言えるほどの恋愛はしていない。

泣いて、怒って、苦しんで、笑って、喜んで、愛し合ったりしたい、、、。

 

私も恋愛がしたい。今からでもしたい。

ボロボロになってもいい、男の人を好きになりたい。

今までの人生でやり残したことは恋愛かもしれない。

 

そんな気持ちがしっかり芽生えた日になった。

 

つづく、、、