せともん屋のおっさんの日記

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「ナポレオン 2 野望篇」

「ナポレオン 2 野望篇」   佐藤賢一   集英社文庫   ☆☆.

 

『よし、ジョゼフィーヌ、君はクレオパトラになれ。この俺はカエサルになるのだから』

 

「台頭篇」 に引き続き、

今回は、エジプト遠征より。

 

『あのピラミッドの高見より、四十世紀が諸君らをみつめているのだ』

 

高校3年の世界史の授業で、確かこの言葉を教えてもらった。

市瀬先生だったか、、、

その言葉を紹介した後に、『数世紀多いようですが、、、』 と付け加えていたのを、

45年ほど前のことを思い出しました。

 

第2次イタリア遠征においては、

ナポレオンは自分をカルタゴの名将・ハンニバルになぞらえてのアルプス越え。

 

ナポレオンの戦闘におけるスピード感、機動性の重視。

 

『なにより今は時間が惜しい。大砲がなければ、確かに不利だが、時間を失えばその時は破滅なのだ』

 

戦うことにかけては天才的なのだが、

妻・ジョゼフィーヌに対してのヘロヘロな様子を見せられると、

そのギャップに笑わせられる。

 

フランス軍の将軍から、共和国執政、第一執政、終身執政をへてフランス皇帝に。

 

ナポレオンの野望の元はどこにあったのか、

ナポレオンに確たる国家観はあったのだろうかと。

 

戦うことで身を守りながら、

身を守るために戦うことを続けざるを得なくなってしまったのか。

 

『できることなら、私は世界を征服したいと考えている。

シャルルマーニュのように大帝国を築きたいと思っています。』

 

アウステルリッツの3帝会戦に勝利して、いよいよ覇権を広げていくのだが、、、

 

お盆

 

朝、墓参りにいくと、

「笑顔で迎えて 感謝で送る」 と。

 

今夕、迎え火を焚きます。

 

他所のお宅はどうか分かりませんが、

私のところでは、13日、14日、15日と迎え火をして、

15日は、迎え火の後に送り火をします。

それと地蔵盆にも松明を焚きます。

 

店は開けていますが、

初盆のお参りをしたり、奥さんの実家の墓参りに行ったりと、

ゆっくりとした3日間です。

「ナポレオン 1 台頭篇」

「ナポレオン 1 台頭篇」   佐藤賢一   集英社文庫   ☆☆.

 

『元来、人間の才能-政治であれ芸術であれーのなかでもっとも希少なのは軍事的才能であろう。

いわゆる、名将というのは一民族の千年の歴史の中で二、三人も持てば多すぎるほどであり、、、』

 

とは、司馬遼太郎の「花神」の中の言葉で、

それに続いて日本の中では、源義経、織田信長、大村益次郎をその人として取り上げていて、

さらに、

 

『ナポレオンも信長同然その機微を知り、一兵卒のなかから将軍を仕立てあげた』

 

ナポレオンという人に興味を持っていたところ、

新聞広告で本書を知り、手に取ることになりました。

 

第24回司馬遼太郎賞受賞作品。

 

ナポレオンは、1769年コルシカ島に生まれ、

士官学校卒業後砲兵少尉任官。

1789年フランス革命。

まさに混乱の時代を走り抜いています。

 

凄いのがその戦うスピード感。

戦いの描写に興奮させられます。

 

『戦場は悠長な外交を待たないのだ』

 

その反面、ナポレオンの妻・ジョゼフィーヌに対しては、

これが天才将軍・ナポレオンかと思うほどの体たらく振りで、

そのギャップに思わず笑ってしまいます。

 

本書は文庫本にして約700ページ、なかなかのページ数で、

以下、「2 野望篇」、「3 転落篇」に続きます。

 

サマーセール

 

8月15日まで、

ガラスの器と夏物雑貨、

2割引で販売しています。

 

冷茶グラス、ビールグラス、ワイングラス、

ソーメンセット、ガラス小皿、花瓶、、、

 

のれん、タペストリー、

夏物インテリア、、、

すべて2割引きとなっています。

 

この機会に一度ご覧になってください。

 

但し、在庫限り、

一部除外品有、

ネットショップも対象外となっています。

 

 

田辺祭 片付

会館の天井に収まったお笠の屋根。

 

本来は26日に片付けをして、その夜に勘定祝ということになるんですが、

今年は、本日日曜日ということもあって祭りの後片付けを行いました。

 

当町のお笠はいつも解体して、会館の倉庫へ納めますが、

屋根は大きいものなんでそのまま天井に。

 

今年は勘定祝というわけにもいきませんが、

お祭の決算だけはちゃんとして、

ではまた1年後に、ということで、、、

田辺祭 24日

 

朝8時より準備をしてからの、町曳。

 

旧会津橋東詰で昼まで待機。

 

12時45分に住矢さんが旧会津橋西詰を出発するというので、

それに続いて闘鶏神社へ。

本町の後には、恵比寿さん大国さんが続くようです。

 

今年は闘鶏神社でお勤めをしてそのまま帰町という段取りですが、

田辺祭らしいええ天気です。

「三河雑兵心得9 上田合戦仁義」

「三河雑兵心得9 上田合戦仁義」   井原忠政   双葉文庫  ☆☆.

 

小牧長久手戦の後、和平を進言した茂兵衛は家中で孤立してしまう。

 

家康は秀吉と対峙したままであったが、

家康の次男・於義丸を秀吉の養子(人質)として大坂へ差し出すことになり、

茂兵衛も護衛としてついていくことに。

 

『二人の寄騎と茂兵衛とは、政治的には正反対の立場だ。しかし、それを咎めるつもりはなかった。

上役と下役で、考え方の違いがあってもそれはそれで構わないと思っている。

(戦場で、俺の命さえきちんと聞いてくれれば、それでええわい)』

 

その後沼田領の帰属をめぐって、真田昌幸が反旗を翻して、世に言う第1次上田合戦が始まってしまい、

茂兵衛も鉄砲隊を率いて合戦に参加。

 

そのくだりの中で、

いつも家康から「植田」と呼ばれていたのが、

「茂兵衛」と呼ばれることに。

 

『人の上に立つ者の資質は様々だ ― 知力、胆力、視野の広さ、抜け目のなさ、厳格さ、そして愛嬌か。

知力や胆力は、当たり前として、問題は最後の愛嬌であろう。』

 

しかし最後の最後で、絶対絶命ののピンチに。

どうなる茂兵衛?

 

10月の第10巻の刊行までお預けです、、、

 

田辺祭 出囃子

 

 

今年は子供たちの先囃子はなく、

笠内のみでの出囃子を取り行いました。

 

本来は御宿へ出かけてのお囃子の初お披露目ということになるのですが、

ここ最近では会館でやっています。

 

今年は特にお宿も会館でということになっています。

 

献燈の提灯も昨日より吊るしています。

 

田辺祭 笠洗

 

3年振りにお笠の組立。

 

私がまだ若かりし頃に、町の古老に言われたことに、

昔はお笠組立てから、大浜まで曳っぱって行って海の水で洗ろたもんやで。

笠洗いちゅうんはそういうことなんや、と。

 

今ではさすがにそこまではせず、

組み立ててからきれいにしています。

 

旧会津橋の東詰には、幟と吹き流しも立てました。

 

 

 

 

 

 

田辺祭 初寄

 

3年振りに田辺祭が行われます。

とは言え今年は少し形を変えて、規模を縮小して行います。

 

本町はいつもなら7月1日に初寄となっていますが、

本日夜に開きました。

また今までは2班制で行っていたのが、

今年からは全町1班で取り組むことに。

 

17日 : 笠洗

18日 : 出囃子

24日 : 町曳

      神社勤

31日 : 片付

 

無事にお祭りが出来ることを祈っています。

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