サラさんから連絡が来たのはそれから3日ほど経った頃だった。

 

 


近所にある区民プールで1時間ほど泳いだあと、

 

 

 

ロッカーに戻ってスマートフォンを確認すると彼女からメッセージが届いていた。

 

 

 

そこから何度か短いやり取りをしたのち、僕たちは翌日の午後に会うことになった。

 

 

 

 

 


区民プールをあとにすると僕は来た道を歩いて帰った。

 

 

 

自宅までは20分ほどの道のりだ。

 

 

 

千駄ヶ谷周辺の道は不規則な迷路のような道が入り組んでいて、

 

 

 

土地勘がない人にとってはけっこう厄介な道もあるが、

 

 

 

慣れてしまえば好きなように近道もできるし気分転換に少し回り道をすることもできる。

 

 

 

何も最速で目的地に着くばかりが人生ではない。

 

 

 

 

 


戸建ての家が続く路地裏の細い道の前に、数匹の猫が寝転がって日向ぼっこをしていた。

 

 

 

みんな同じような毛色をしていた。どうやら兄弟のようだ。

 

 


僕は足を止めて、遠巻きに彼らを観察した。

 

 

 

どこかで猫を見つけて、自分に時間があると、僕はよく足を止めてそうする。

 

 

 

(たいていいつも暇なので、僕は猫を眺めることになる。)

 

 


3匹のうち2匹は気にせず寝転んだままだったが、1匹はぴくりと頭を上げてこちらを見つめてきた。

 

 

 

5メートルほど離れたところから口笛を吹いてみる。

 

 

 

2匹は眠ったままだった。同じ兄弟でも性質がずいぶん違うものだと思う。

 

 

 

頭を上げた個体は静かに身体を起こし、

 

 

 

戸建ての一階部分に置かれていたアウディの後ろに行って隠れてしまったが、

 

 

 

しばらく観察を続けていると、車の裏からまたその個体が顔を出した。

 

 

 

猫の方も気になるのかもしれない。

 

 

 

何度か口笛で交信を図ろうとしたが、その成果もなく、結局猫は戻ってこなくなった。

 

 

 

嫌われてしまったのかもしれない。
 

 

 

 

 

 

普通に歩けば20分ほどで自宅まで帰り着く道を、のんびりと歩いた。

 

 


大した収入はないが時間だけはあったため、週に3回はプールで泳ぐことを僕は自分に課していた。

 

 

 

区民プールは600円で好きなだけ泳げるし、時間が許せば(なにより気持ちと体力が許せば)、施設内にあるジムも使えた。

 

 

 

生活のリズムをできるだけ一定に保つこと、そして運動を欠かさないこと。

 

 

 

会社を離れてすぐに僕がもっとも意識したのはその2つだった。

 

 

 

リズムが崩れると精神も崩れ、態度も安定せずに、発信も不安定になり、客離れが起こる。

 

 

 

独立前にそういう人たちを何人か見ていたので、僕はリズムだけは取るようにした。

 

 

 

運動も精神を安定させるのにかなり寄与することを他の人から聞いていため、

 

 

 

僕は独立するひと月ほど前から定期的にプールに通うようになっていた。

 

 


それでもときどき急な不安に襲われたり、これからどうなるんだろう?と漠然と考える夜もあった。

 

 

 

そんなとき僕はあえて自分の内面と向き合う道を選んだ。

 

 

 

ヘミングウェイの言う通り、人はどこに行ったとしても、自分という人間からは逃れられないからだ。

 

 

 

いずれどこかで向き合うことになるのなら、その都度向き合って具体策を考える道を僕は選ぶようにした。

 

 


そしてひとしきり深刻になったあと、僕はウィスキーを飲んで忘れることにした。

 

 


その夜もちょうどそんな夜だった。具体的な対策のいつくかを翌日以降に試すことにして、

 

 

 

僕はI・W・ハーパーをダブルで飲んで眠りに就いた。
 

 

 

アルコールというものは、多くの場合を僕たちを裏切らないものだと思う。

 

 

 

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