僕たちはその日、再び千駄ヶ谷の駅前で待ち合わせて、外苑を歩いた後、絵画館に行った。
サラさんが先日のリベンジを果たしたいと言ったからだ。
大したものは置いてないと僕は止めてみたが、それでも彼女を制することはできなかった。
「わたしは『さそり座』に星が多いから、
マニアックなものをとことん掘り下げないと気がすまないのよ」というのが彼女の言い分だった。
僕たちは絵画館で東洋と西洋の絵画を見て回った。
平日ともあって、絵画館の中は閑散としていて、僕たち以外には老夫婦がひと組いただけだった。
サラさんはそれぞれの絵画の近くに置かれた解説を詳しく読んでいた。
彼女は東洋の絵画よりも西洋の絵画の方を中心に見ているようだった。
絵画館を出ると僕たちはイチョウ並木沿いにあるハンバーガー・ショップで食事をすることにした。
僕たちは会うたびにハンバーガーを食べる運命にあるのかもしれなかった。
「この間のことだけど」注文の品を受け取って席に着いてから僕は言った。
「この間のことって?」
「土星が戻ってきたときの話だよ」と僕は言った。
「わたしが流産と離婚を、同じ年に経験した、サターン・リターンのときの話?」サラさんはいたずらな顔をして言った。
僕はそこに至るまで、あえてその話を持ちかけなかった。サラさんもあえてそうしているように見えた。
「だから、それを謝ってるんだ」と僕は言った。
「からかっただけよ」サラさんは笑いながら首を振った。
「あのときは、いきなり突っ込んだ話をさせてしまって申し訳なかった」
「いいのよ」サラさんは僕の目の前のフライド・ポテトをひとつとって口に運んだ。
「このポテトに免じて許してあげる」
「ポテトに感謝しないとね」と僕は言った。
傾き始めた5月の午後の日差しが、すべての木々の緑を、ずいぶん鮮やかに照らしていた。
サラさんは遠い目をしながらアイス・ティーを飲んだので、僕は手元のジンジャーエールを一口すすった。
「あの一件のあとね」とサラさんは言った。
「あの一件のあと、わたしはしばらく立ち直れずにいたの。
だから何か変化が欲しくて、たまたま目についた広告に載ってたイギリスに旅行に行ったんだけど、
この間も言ったとおり、そこで偶然、占星術というものに出会ってね。
もっと勉強がしたいって思って、いったん帰国したあと、
もろもろの準備を整えて、星を学びにもう一度イギリスに行ったの」
僕は黙って何度か肯いた。
「英語に関してはそんなに問題もなかったんだけど、何しろ専門用語も多かったし、
惑星や星座のマークを覚えるのにも苦労したけど、分かることが増えてくると、
いろいろなことがわたしの中で形を取りはじめるのがわかったの。
まるで、点と点がつながって星座になるみたいにね。
その感覚が嬉しくって、自然と勉強を続けたのよ。
あの時期はずっと星についての書籍を読んだり、
学校の先生と話したりして時間を過ごしたな」
そう言ってサラさんはまた少し遠くを見つめた。
「でもどこかで、わたしは星にすがっていたのかもしれない」
「すがることは別に悪いことじゃないよ」と僕は言った。
「そうかもしれないわね。でも、そこで星を学び始めて2ヶ月くらい経った頃にね、
そこのおばあちゃん先生にぴしりと言われたのよ。
星にすがっちゃダメだってね。
そう言われて最初はすこしムッとしたけど、
冷静に考えてみたら、ムッとするってことはつまり図星だったってことなのよね。
その先生は星を使うことで、人生の指針や方向性は分かっても、
それだけでは人生は変わらないことをわたしに言って聞かせたの。
すがるのと、使うのとでは、大きく違う、ってね」
「すがるのと、使うのとでは、大きく違う、か」僕はサラさんの言葉を繰り返した。
サラさんは短く肯いた。「それからね、その先生はね、
星との距離感がなによりも大切だってわたしに教えてくれたの。
すがるのと、使うのとでは、全然距離感が違うって。
すべての物事には適切な距離感があるの。
星だけじゃなくてね。人ともそう。ライフワークだってそう。
お酒やタバコだってそうよ。自然や物とだってそう」
サラさんは、その先生の口ぶりを真似たためか、ところどころ少し変わった話し方をした。
「ね? なかなか素敵なこと言う先生でしょ?」
僕は何度か肯いた。
「今思えば、まるで土星みたいな先生だったんだけど、
その先生から、しばらくして別のことも言われたのよね。
悲劇のヒロインを自分のキャラクターにしちゃダメだって」
僕は首を傾げた。「悲劇のヒロインをキャラクターに?」
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