「わかりづらい星の話を、

 

 

 

なるべく身近なことにパラフレーズするスキルも必要だしね」

 

 

 

「パラフレーズ?」と僕は訊ねた。

 

 


「言い換えとか、置き換えのことよ」とサラさんは言った。

 

 

 

「たとえば人生の暗い時期にいるとき、

 

 

 

人はたいてい明るい場所にいる人たちのことが、

 

 

 

いつも以上に眩しく見えるのよね。

 

 

 

逆に明るいところにいる人たちは、

 

 

 

暗い場所にいる人たちのことが、

 

 

 

うまく見えなかったりするのよ」

 

 


「そうかもしれない」と僕は言った。

 

 


「わたしはね、それって "部屋" と同じだと思うの」

 

 


「部屋と同じ?」

 

 


「ほら? 夜になって、外が暗くなっているのに、

 

 

 

カーテンを開けたままにしておくとするでしょ?

 

 

 

外はもう真っ暗なのに部屋の電気を点けたままで、

 

 

 

カーテンが開いているとする」

 

 


僕は肯いた。

 

 

 

 

 


「そのとき『暗くなった外の世界』からは、

 

 

 

『明るい部屋の様子』がよく分かるのよね。

 

 

 

でも明るい部屋にいる人からは、

 

 

 

外の暗闇にいる人の存在って、

 

 

 

たいてい分からないものなのよ。

 

 

 

窓ガラスに反射する自分の姿くらいなら見えるかもしれないけど」

 

 


「なるほどね」と僕は言った。

 

 


「これが、わたしの言うパラフレーズするってこと。

 

 

 

人生の明るさと暗さを、部屋に置き換えたわけ」

 

 


「なるほどね」と僕は再び言った。

 

 


「だからさっきの土星の話の話もね。

 

 

 

そういう辛さやキツさを他の言葉に置き換えられないか、

 

 

 

わたしはいつも、たとえ話を探しているのよ」

 

 


「ふうん」と僕は言った。「翻訳者も、なかなか大変なんだね」

 

 


サラさんは首を振った。「そんなことないわ。

 

 

 

わたしはたぶん、昔からそういうことが好きだったのよ。

 

 

 

別の言葉やたとえを使って、

 

 

 

また別のことを説明することがね」



 

 

 

僕たちは青山通りに出て左折して、

 

 

 

青山一丁目の駅の方に向かった。




「ちなみにサラさんは、

 

 

 

土星が戻ってきたタイミングでどんなことがあったの?」

 

 

 

ちょうど駅の地上出口に着いたあたりで、

 

 

 

僕は何気なく彼女に訊ねた。

 

 


しかし僕は、そんなことを聞くべきではなかったことに、すぐに思い当たった。

 

 

 

(彼女の表情からそれを察したのだ。)

 

 


サラさんが足を止めたのはきっと、

 

 

 

僕たちが、駅の出口に着いたからではない。

 

 

 

僕の質問が彼女に足を止めさせたのだ。

 

 


「ごめん」と僕は言った。

 

 


彼女は短い深呼吸をして息を整えているように見えた。

 

 


「いいのよ」と彼女は言った。

 

 

 

「土星がてんびん座にあるタケルくんは、人との距離感が苦手で、

 

 

 

土星がさそり座にあるわたしは、人と深く関わることが苦手なの。

 

 


それに、さっきまでの話の流れなら、

 

 

 

誰だって、そう訊(たず)ねたくなるかもしれない」

 

 


そこで僕は、さっきサラさんが、

 

 

 

僕のサターン・リターンの話を、

 

 

 

あれ以上深く追求しなかったことを思い出した。

 

 


サラさんがそれを訊ねてこなかったのは、

 

 

 

きっと彼女なりの優しさだったのだ。

 

 

 

 

 

 

どうやら僕は、また人の人生に深入りしてしまったようだった。

 

 


「ごめん」と僕はもう一度言った。

 

 


「たとえば、こういうのはどう?」

 

 

 

サラさんは僕の言葉に応えずに続けた。

 

 

 

「土星が戻ってきたその年に、

 

 

 

流産と離婚の両方を経験したからと言って、

 

 

 

それは土星の影響だね、って説明をされたとして、

 

 

 

それで納得できると思う?

 

 

 

さそり座に星を多く持つから、

 

 

 

命に関するイベントが人生で起きやすいんだね、って言われたとして、

 

 

 

それで納得できると思う?

 

 

 

仮に納得できたとしても、それが癒しにつながるかしら?」

 

 


僕はゆっくりと首を振った。

 

 

 

悩みの形は人それぞれで違うのだ。

 

 


サラさんはそこでまた息を深く吐いてから言った。

 

 

 

「わたしが占星術を学びはじめたのはそんなタイミングだったのよ。

 

 

 

結婚してから将来の子どものために貯めていたお金と、

 

 

 

前の夫からもらった慰謝料を使ってイギリスに旅行に行って、そこで占星術に出会ったの」

 

 


僕は何度か肯いて、

 

 

 

「そうなんだね」と言うのがやっとだった。

 

 


「結局、心の傷なんてね、

 

 

 

個々で抱えていくしかないのよ」とサラさんは言った。

 

 

 

「ときどきその傷を、

 

 

 

一緒に分かち合ってくれたり、

 

 

 

共感してくれる人もいるかもしれない。

 

 

 

けど、本当の意味でそれを癒したり、

 

 

 

納得したりできるのは、本人しかいないの」

 

 


ごめん、と僕はもう一度言った。

 

 


「いいの。あなたは悪くないわ」と言って、

 

 

 

彼女は曖昧に首を振った。「きっと、土星のせいよ」

 

 


「改札まで送るよ」と僕は言った。

 

 


サラさんはまた首を振った。

 

 

 

今度は先ほどより、いくらかハッキリと。

 

 

 

「今日はここでお別れしましょう。

 

 

 

明日には『星のカルテ』を作って送るから」

 

 


「わかった」と僕は言った。「ありがとう」

 

 

 

それは、ごめんも含んだような、ありがとうだった。

 

 


サラさんが地下に向かって階段を降りていく背中が見えなくなったところで、

 

 

 

僕は来た道を引き返そうとしたが、

 

 

 

そこで僕は、自分が歩くには、

 

 

 

少し疲れすぎていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

まるで栓を抜かれた湯船のように、

 

 

 

全身のエネルギーがどこかに抜けていくような感覚だった。

 

 


僕は都内を循環するバスのバス停を探し、

 

 

 

タイミング良くやってきた小型のバスに重い身体を乗せた。

 

 


バスに揺られながら、僕は道ゆく人を眺めていた。

 

 


世の中にはいろいろな人がいて、

 

 

 

それぞれにいろいろな日常がある。

 

 

 

比較的似た幸福があり、

 

 

 

まったく違った不幸が、それぞれにある。

 

 

 

そんなことを言ったのはトルストイだったっけか。

 

 


僕は彼女にあんなことを聞くべきではなかった。

 

 

 

バスに揺られながら、改めてそう思った。

 

 

 

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