彼女は赤いカバンからスマートフォンを出して、

 

 

 

僕から言われたデータを入力して、しばらく画面を注意深く眺めて何度か肯いた。

 

 

 

彼女が肯くたびにピアスが小さく揺れた。

 

 


「で、何が知りたいの?」と彼女は言った。

 

 


「いや、その……」と僕は言葉に詰まった。

 

 

 

「人生全般というか、これからのこととか、ビジネスのこととか」

 

 


「なるほどね。しかし、なんで人って、

 

 

 

人生がキツくなってからこういう相談に来るんだろうね?

 

 

 

本来占いって、良い状態を維持するために使うものだと思うんだけど」

 

 


携帯の画面に向かって話しつづける彼女を僕は黙って見ていた。

 

 


「それはなにを見ているんですか?」と僕は訊ねた。

 

 


「タメ口でいいわよ」と彼女は簡潔に言った。

 

 

 

「どうやらわたしたち、同い年みたいだし」

 

 


「同い年?」

 

 


「そう。いて座木星期に生まれし、同胞よ」彼女は僕を見て眉を上げた。「よろしくね」

 

 

 

 


 

僕がどう応えるべきか逡巡していると、

 

 

 

彼女はコーヒーを一口飲んで「占いって信じる?」と言った。 

 

 


「それなりに」と僕は答えた。

 

 


「そうよね。金星におとめ座があるし、月もやぎ座にあって、

 

 

 

内面は女性性もそれなりにあるみたいだからね」

 

 


「おとめ座? 僕はしし座なんだけど」

 

 


「ああ、ごめんごめん。じゃあまずは少し基礎的なことを伝えてから、

 

 

 

いくつかアドバイスをしてくわね」そう言って彼女は少し姿勢を整えた。

 

 


僕が肯くのと同時に彼女が話しはじめた。

 

 

 

 

 


「まず、いわゆる星占いで使う星座って、

 

 

 

まったく嘘でもないんだけど、ぜんぜん正確でもないのね。

 

 

 

わたしたちがやっている占いでは10個の星と、

 

 

 

12個の星座を使うんだけど、

 

 

 

雑誌とかに載ってる星占いはそのうちの1つしか使わないのね。

 

 


でもそんなので人生の流れとか、その年の予測をするのは少し無理があるのよ。

 

 


もちろんわたしみたいに『さそり座』が強い人は、

 

 

 

雑誌の占い欄の『さそり座』を見ればそれなりにしっくり来ることもあるんだけど、

 

 

 

割合だけで言ったら、それだけじゃしっくり来ない人の方が多いわけ」と彼女は言った。

 

 


「10個の星と、12個の星座」と僕は言った。

 

 

 

「さっき君が言っていた『金星』とかが、その10個の星に当たるの?」

 

 


彼女は肯いた。「学校で習ったでしょ? 水金地火木……ってやつ」

 

 


僕は肯いた。「遠い昔にね」

 

 

 

 

 


「星占いでは、地球以外の8個の惑星に、太陽と月を合わせて10個の天体を使うのね。

 

 

 

理科の知識で言えば、8個は惑星で、太陽は恒星で、月は衛星なわけだけど、

 

 

 

ここではすべてまとめて『星』って言うの」

 

 


僕はまた肯いた。

 

 


「星占いって、地球を中心にして天体が動いていると考えていた時代に生まれたものなのね」

 

 


「それはつまり、天動説ってやつかな?」と僕は訊ねた。

 

 


「よく知ってるわね」と彼女は少し大振りに肯いた。「そのとおりよ」

 

 


僕は褒められた気がして、なんだか嬉しくなると同時に、嬉しがっている自分を恥ずかしくも思った。

 

 


彼女はそんな僕に構わず言葉を続けた。

 

 

 

 

 


「地球から見て、それらの惑星がどの位置にあって、

 

 

 

何座と重なっているか、その人の本質とか、

 

 

 

未来の流れとか色々なことを調べることができるのね。

 

 

 

少なくとも星占いではそう考えるの」

 

 


僕は肯いた。

 

 


「でね」と彼女は言った。

 

 

 

「今の時代は、生まれた瞬間に惑星がどこに重なってたのか、

 

 

 

ネットで簡単に調べることができるんだけど、

 

 

 

雑誌とかの星占いで使う星座は、

 

 

 

生まれた瞬間に『太陽』が重なっていた星座しか使わないのよ」 

 

 

 
「太陽が重なっていた星座」と僕は繰り返した。

 

 


「そう。それがいわゆる『わたしは◯◯座です』っていうときの星座ね。

 

 

 

タケルくんの場合、太陽がしし座に重なっているから、

 

 

 

『僕はしし座です』というふうになるわけ。

 

 


ここまではオーケー?」

 

 


僕はまた肯いた。肯いてばかりだと思った。

 

 


「たとえば、これを見てみて」そう言って彼女は携帯の画面を拡大して指さした。

 

 


「ここにある丸いマークが『太陽』なんだけど、

 

 

 

あなたの場合これが『しし座』のゾーンに重なっているのね」







「なんだか際どいラインを攻めてる感じがするけど、これでも僕は『しし座』なの?」

 

 


「立派なね」と言って彼女は笑った。

 

 

 

「むしろギリギリのゾーンはその性質が強く出たりするくらいね」

 

 


「ふうん」と僕は言った。

 

 

 

「ちなみに、この外側のカラフルな円が星座を表しているの?」

 

 


「あぁ、ごめんごめん、その説明をしてなかったわね。

 

 


このカラフルな円が12個の星座で、その内側にあるマークが10個の惑星。

 

 

 

で、さっき言ったのが太陽で……こっちが月」

 

 

 

そう言って彼女はまた別のマークを指さした。








「タケルくんの場合、『月』が『やぎ座』に重なっているから、

 

 

 

『月星座』は『やぎ座』ってことになるわね」

 

 


「ちょっと待ってよ。それなら今まで僕が見てきた星占いって、意味がなかったわけ?」

 

 


「意味がないわけじゃないけど、それだけじゃないって感じかな。

 

 


10個の惑星と、12個の星座にはそれぞれ意味があってね、

 

 

 

その掛け算でその人の性質を見ていくの。

 

 

 

たとえば、太陽は『人生の目的』とか、

 

 

 

月は『内面』とか、水星は『コミュニケーションの傾向』とか、そういった具合ね」

 

 


「なるほど」と僕は答えた。

 

 

 

「それははじめて聞く考えだね」

 

 

 

僕たちは合わせたように、そこでお互いカップを口に運んだ。

 

 

 

 

 


「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」と僕は言った。

 

 


「なあに?」
 

 

 

「気分を悪くしないでほしいんだけど……」と僕は断りを入れた。

 

 


「占いって当たるのか、ってこと?」そう言って彼女は笑った。

 

 


僕は肯いた。「よく聞かれるのかな、この手の質問は?」

 

 


「そうね」と言って彼女は肯いた。

 

 

 

「当たるか当たらないか、わたしにはわからないわ」彼女はきっぱりと言った。

 

 

 

「たしかに占星術には長い歴史があるし、

 

 

 

占星学っていう学問があるくらいだから、

 

 

 

きっとそれなりのものではあるとは思うのね。

 

 


でも対象としているのが人の『人生全体』だから、100%の検証のしようがないわけ。

 

 

 

ただ、それなりの検証はされてはいるから、

 

 

 

ある程度の精度は担保できると思うの。

 

 

 

だから当たるか当たらないか、と言われたら『正直わかりません』となると思う」

 

 


「なるほどね」と僕は言った。

 

 


「それにね」と言って彼女がすこし身を乗り出すと、わずかに香水の匂いがした。

 

 

 

「当てようとしている占い師を、わたしはあんまり信用しないの。

 

 

 

そういう人たちの中には、星を使って自分の特別性とか、

 

 

 

自己顕示欲とかを満たそうとしているだけの人もいたりするから。

 

 

 

もちろんそうじゃない人も大勢いるんだけどね。

 

 


だからわたしは『星的に見るとこんなふうに見えますけど、どうですか?』って伝えるだけ。

 

 

 

それにしっくり来れば、それを参考にしてもらえればいいし、

 

 

 

しっくり来なければ、それはそれね。

 

 

 

 だから、『所詮、占いだし』くらいで聞いておく方がわたしは健全だと思うの」

 

 


なるほどね、と僕は言った。

 

 

 

「それを聞けて少し安心したよ」

 

 


「良かった」と言って彼女は柔らかな笑みを浮かべた。

 

 


 「だから今日わたしがここで伝えることを鵜呑みにしないでほしいの。

 

 

 

『そういう考えもあるんだ』くらいに思っておいてほしいわけ。

 

 

 

人は自分が大変なときって、人のアドバイスを聞きすぎてしまう傾向にあるから」

 

 


僕は深く肯いた。

 

 


「そうしたら、今からいろいろと伝えていくから、

 

 

 

話半分くらいで聞いてくれる?」と言って彼女は笑った。

 

 


「わかったよ」と僕は言って、ノートとペンを出した。

 

 

 

なんとなく何かを書き留める必要がある気がしたのだ。
 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

その3

 

 

 

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