星ヶ嶺、斬られて候 | 星ヶ嶺、斬られて候

星ヶ嶺、斬られて候

はじめまして、私は星ヶ嶺(ほしがね)と申す力士でございます。

所属するところは井筒部屋のしがねえ力士なのでありますが私の名前なりとも御存知という方は相当な好角家であろうかとおもいます。

このブログも当然相撲の話題も取り上げますが,私の趣味というのは城めぐりでありまして、勢い、その方面の話も多くなると思いますので予め御了承のほどを。

それではこれよりしばしおつきあいのほどを宜敷御願奉ります。.


さてまずは私の経歴を簡略に述べましょうか。私、本名を星と申しまして生まれも育ちも東京は杉並でございます。

尤も番付上の生国は福島県南会津郡南会津町となっておりますが、この点に関しては後述します。

生年は昭和55年ですから当年28と相なりまして18で入門してより早10年、力士としてはやや古株となってまいりました(番付は下の方ですが)。

思い起こせば相撲との関わりは中学生時代が一つの転機となっております訳で云々。

曰く天沼中の卒業生に琴旭基さんという佐渡ヶ嶽部屋の力士がおるのですが、この人、十両目前までいったので好角家の方の中にはご記憶の方もあるかと存じます(琴旭基さんは引退して大坂でちゃんこ店を営業しています)。

左様な訳にて学校の掲示板には番付が場所ごとに貼られ、これがこの頃すでに相撲に興味のあった私の注意を喚起するには十分な装置でした。

また当時の私の友人―仮にM氏と名付けますが―このM氏の父御という人がデザイナーでして某横綱の化粧まわしのデザインをしたらしい。

もう一点申しますと自転車で十分ほどの所に放駒部屋がありまして…。

既に二子山部屋も移転(合併)して阿佐ヶ谷勢という言葉も聞きませんでしたけれども、荻窪駅周辺では時折力士の姿を見かけたものです。

また御存知の方も多いかと思ひますが、放駒部屋の裏にほ日大相撲部の寮があります。

現在私が角界にありますのもこの頃の環境によるところが大きいようで。


.つらつらとつまらぬことを書き連ねてまいりました。

ここまでお付き合いいただき誠に有難き仕合せと存じ上げます。

今後は前述しましたが本職の相撲の他、城、歴史のことなどつれづれと綴る所存にて。

全体に堅い話になるかと思いますが悪しからず。

なおこの文章にはたいへん読みにくいところが多いかと思います。

何分パソコンのことは不案内につき。

いま少し研鑽を積んで写真なども取り込みたい所にてなおなお御辛抱のほどを。

更新は一週間ごとぐらいになりますでしょうか。これからも宜敷御願奉候。


最後になりましたが題名の、斬られて候、は私淑する俳優の福本清三さんにちなんだもので深い意味はございません。

某メーカーのコーヒーのCMに出演しております。

参考までに・・・。