兄、危篤
月曜日、夕方、3番目の兄危篤の知らせ。
ながらく病んではいたものの、この30にちには
様子をみに行く予定だったので、ショック。
翌日、義姉をともなって病院へ。
面会時間ではないとのことで、一時間近く待たされる。
危篤の人に面会時間もないだろうに、と思いつつも
国立の融通のきかなさは経験済みなので待つ。
ようやく会えたものの、薬で眠らされている状態。
口も開いて、いきているのがつらそう。
誰でも死ぬ時はここを通過しなければならないのだろう。
小康状態とのこと。
ともかく家に帰って喪服の用意をする。
自分が死ぬ時はどうだろう、と思う。
たんたんと受け入れるつもりなのだが。
葬式も戒名も必要なし、と子供たちにはいっているのだが
書式にして残すべきなのだろうか。
次兄も寝たきり状態になってしまったことを知る。
結核とのこと。長兄のところでは義姉が再々度の入院。
周囲すべて病人だらけとなってしまった。
長女より朝日新聞の「歌句詩 時評」のファックスが届く。
褒めているのかそうでないのか、よくわからぬ。
遅ればせながら
今頃になって『ダ・ヴィンチ・コード』が届く。
半年近く前に図書館に予約しておいたもの。
この種のベストセラー本は買う気がしない。
まず、読んでから。
とにかく話題になりすぎで、映画の公開と同時に
知りたくもない情報がどっと入ってきて、
本を読むまでは見ないようにしていたのに、容赦なし。
とにかく読んでみない事には話にならないので読む。
上下二巻とはいえ、二日で読了。
感想は、といえばそんなに話題になるとはね、と
いったところ。多分わたしが無宗教、ということもあるんだろうけれど。
それほどのことかいな。
ただ、キリスト教の勉強にはなった。
聖書にしろ古事記にしろ、為政者の都合の悪い事など、
書かれるわけがない。
黄金比なんていうなつかしい言葉にもであえて、
それはそれで、よかったかも。
本はまっさらの状態でよみたい。
この人がトム・ハンクス、なんて思って読みたくない。
睡眠不足
夕べは久しぶりに二時近くまで本を読む。
『さよならの接吻』(ジェフ・アボット著 吉澤康子訳 ハヤカワ文庫)
この著者の「図書館の死体」「図書館の美女」『図書館の親子」
『図書館長の休暇」といった、いわゆる図書館シリーズのフアンだったので、
うれしく読む。図書館長のジョーダン・ポティートがほのぼのキャラで
とてもよかったのだ。今回は小さな町の判事が主人公。
彼もまた友達になりたいタイプ。
異常者の犯罪も同時進行してなかなかよいでき。
日本の社会も最近は殺すことが快感、という変態がふえているので
人事とはおもえず。
少子化なんて政治的に考えていると、いわゆるドキュン家族しか
子供をつくらなくなってしまいそうで怖い。
子育ては、単純に楽しみでできるわけがないのだから。
句会 4
句会も軌道に乗ってきた、といいたいところだが、
歳時記の購入もまだだったりして、なんとも心もとない。
それでも、頭の体操とはげます。ちょとトホホかも。
でも初心者ってこんなもの。私だってまだまだなんだから。
俳句はよく読むようになった。投句も続行。
『ひたむきな女たち』(中村喜春 草思社)読了。
同じ作者の『江戸っ子芸者一代記」をぜひ読んでみたい。
この時代の芸者さんの心意気に男でなくとも惚れてしまいそう。
小学生や中学生の分際で異性のことしか頭にないおばかさんに、
惚れるというのはこういうこと、といってやりたい。
ただ、これは小説ではなくてノンフィクションで読みたかった。
モデルの問題もあるのだろうけれど。
長谷川一夫と小島政二郎だけはわかったのだが。
『ストロボ』(真保裕一 新潮社)
写真家として一応の名声を得ている主人公がフィルムを
巻き戻して自らの人生を振り返る趣向。
意図はみとめるものの、やや緊迫感にかける。
「ホワイト・アウト」はそれなりに面白かったのだ。
ブック・オフにて
近くのブック・オフにて、本十冊。
中に摂津幸彦の『鹿鹿集』も。
南浦和のダリヤを仮のあはれとす
など、意味がわからぬまま気になる作家。
読み始めてはみたものの、八割がたは不明句。
時々立ち止まりつつ読む。
こうした前衛といわれる人の句も読んでいきたい。
わかりすぎる句より惹かれることは確か。
眠いのに
眠いのに眠れない。まあいつ寝てもいいわけではあるのだが。
本をとじてウトウトしたり、起きてみたり、とまったく年寄りらしい。
テレビをつけっぱなしで寝ているので消すと見ていたのに、
のたぐいであろう。
先が短くなると気持ちもあせってくるのかもしれない。
『エミリー・ディキンソン死んだ』(ジェーン・ラングトン著 鈴木啓子訳 ハヤカワ文庫)
読了。前に一度読んだなーと思いつつ再読。
登場人物が大学関係者ということもあって、かなり身近な印象。
容貌不自由な子の犯罪も、陰惨にならずユーモアもあって
読後印象は可。この手の推理小説は寝る前の読書に最適。
大学図書館に勤務していた頃のことを、久しぶりに思い出してしまった。
夏物へ
冬物をしまう。この秋のあるこ とを信じつつ。
本屋に注文しておいた『おとなの愉しみ 俳句入門』
をとりにゆく。淡交ムック、ゆうシリーズというもの。
何だか入門書ばかり読んでいる気がする。
夜は『上院議員』(上下) リチャード・バウカー著 高田恵子訳 創元推理文庫
を一気読み。就寝午前2時半。
愛人が殺害の第一発見者となってしまった上院議員。
それもまさに選挙戦のさなか。
うまくいっていない家庭、はみ出し者の兄、というわけで
中年男の悲哀満載。結末の甘さはなんといったらいいのか。
いい気なもの、と思いつつ、これで悲劇的だったら
たまらない。若い時はハッピーエンドをほとんど軽蔑していたのだった。
多分、若いということはそういうこと。
何といってもやり直しがきく。
やり直し出来ない年齢には、後味の悪いものはダメ。
映画も小説も。
なんとなんと
ひどいショック。ヨーカ堂でカードを作ろうとして、
自宅の電話番号を失念。
どーしても思い出せない。ひどい気分。
いくら携帯だと短縮されているとはいえ、泣けてきた。
アルツがもうはじまっているんだろうなー。
母が娘の私を認識できなくなったのを思い出して
クラーイ気持になる。
老いるということはこういうことなのだ。
我が脳細胞はどの程度死滅していることやら。
シルバー句会その後
2日は大荒れの天気。10時からの句会は、
始まったとたんピカピカゴロゴロ。
それでも6人集合。なんとか句会らしくなる。
それぞれの句も俳句らしくなってうれしい。
初心者相手とはい作句は気を抜かないようにしている。
ここしばらく休んでしまった投句も再開。
一般読書よりも俳句を読むようこころがける。
もうすこし俳句がわかるといいのだけれど。
長女と孫は一泊のみで帰宅。
今日はめずらしく次女の連れ合いをよんで昼食。
夕食のおかずもつくってもたせる。
司法試験合格の願掛けをしたい気分。
あの世で兄が応援してくれないか、
などと、変に信心深くなったり。
『ダンシング・ベア』(ジェイムズ・クラムリー著 大久保寛訳 早川書房)
読了。俳句の本のあいまに、一気に読む。
日本冒険小説協会大賞 外国部門 受賞、
というのにひかれたのだけれ ど。
そうかいな、という感じ。
まあ、コカイン中毒のだらしない探偵、というのは
それなりに魅力的といえないこともないのだけれど。
推理の部分が不満。
他人のブログ
ブログというものになれていないので、変なコメントがついて
びっくり。わたしゃ、おばばなんすよ、といってやりたい。
今回の岐阜の事件といい、何とまずしいガキどもよ、の
感ふかし。親も親である。
子供の教育に責任もてないのだったら、産むな。
極論のようだけれど、そういうことだ。
責任と言う言葉に語弊があるのなら、愛情である。
悩みつつ愛情をもって育てられないのなら
産むのは考えたほうがいい。
犯罪者の再生産、ということになる。
少子化が問題になっているけれど、どの層に産んでもらいたいのか。
十代になりたての少年少女が、精神面の葛藤なくして
からだだけは大人、なんて気味が悪いだけ。
学校教育も勿論、問題があるにしても、
道徳は学校で教えられるものでもあるまい。
家庭、が第一、と道徳おばさんみたいだけれど
そう思う。
古今東西の名作を読んでほしい。
無理は承知。それでも読む教育は必要。
大人になっても、本を読んでいない人の会話ほど
味気ないものはない。
これは学歴とは関係ないこと。
ババ業で一番大切にしているのは
本を読み聞かせること。
娘たちに読んでやった本を孫によんでやるのは
感慨深いものあり。
福音館のものがひいきである。