【サザンの楽曲「勝手に小説化」⑯】『通りゃんせ』(原案:桑田佳祐)【3部作-①】 | 頑張れ!法政野球部 ~法政大学野球部と東京六大学野球について語るブログ~

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少々マニアックな事なども書くと思いますが、お暇な方は読んでやって下さい。

私が好きなサザンオールスターズ桑田佳祐の楽曲の歌詞を題材に、私が「短編小説」を書くという、

「サザンの楽曲『勝手に小説化』シリーズ」(原案:桑田佳祐)は、今まで「15作」を書いて来た。

そして、先月(2023年8月)に書いた「4本」は、一応、それぞれ独立した「短編小説」ではあるが、

全て繋がっている「4部作」として書かせて頂いた。

 

 

という事で、これまで私が書いて来た「サザンの楽曲『勝手に小説化』シリーズ」は、下記の「15本」である。

 

①『死体置場でロマンスを』(1985)

②『メリケン情緒は涙のカラー』(1984)

③『マチルダBABY』(1983)

④『Ya Ya(あの時代(とき)を忘れない)』(1982)

⑤『私はピアノ』(1980)

⑥『夢に消えたジュリア』(2004)

⑦『栞(しおり)のテーマ』(1981)

⑧『そんなヒロシに騙されて』(1983)

⑨『真夜中のダンディー』(1993)

⑩『彩 ~Aja~』(2004)

⑪『PLASTIC SUPER STAR』(1982)

⑫『流れる雲を追いかけて』(1982)

⑬『かしの樹の下で』(1983)

⑭『孤独の太陽』(1994)

⑮『JOURNEY』(1994

 

前述の通り、⑫~⑮は、それぞれ独立した「短編小説」であるが、

全て繋がっている「4部作」として書いた。

そして、今回、私が「サザンの楽曲『勝手に小説化』シリーズ」「新作」の題材にさせて頂くのが、

2000(平成12)年にリリースされた、サザンオールスターズのシングル『TSUNAMI』のカップリング曲の、『通りゃんせ』という曲である。

 

 

『TSUNAMI』といえば、約300万枚を売り上げた、サザン史上最大のヒット曲である。

そのカップリングの『通りゃんせ』は、ライブ等でもあまり披露される事も少なく、サザンファン以外の知名度は、あまり高くないかもしれないが、それでも、『TSUNAMI』のシングルを買った約300万人の人は、『通りゃんせ』も知っている筈である(多分)。

そして、『通りゃんせ』は、「鎌倉」という土地にまつわる歴史や因縁を歌ったような、何とも不思議な魅力が有る。

という事で、私は今回、『通りゃんせ』を題材にした「短編小説」を書くが、これは『通りゃんせ』に始まる「3部作」の「1作目」として書かせて頂く。

それでは、前置きはそれぐらいにして、「サザンの楽曲『勝手に小説化』シリーズ」の「第16弾」、『通りゃんせ』(【3部作-①)】を、ご覧頂こう。

 

<序章『幻の想い人』>

 

 

あれは夢か、それとも幻か…。

僕には、忘れられない思い出が有る。

僕が高校3年生の頃、僕はとても不思議な女(ひと)に出逢った。

その女(ひと)の事は、人にはあまり話していない。

何故なら、その女(ひと)はあまりにも不思議な人であり、出逢った経緯も、今思えば夢か幻のような体験だったので、人に話しても、あまり信じてもらえないだろうと思うからである。

なお、僕がその女(ひと)と出逢ったのは、高校3年生のある日、鎌倉の夜だった。

今日は、その時の事を語ってみる事としたい。

 

<第1章・『半僧坊』>

 

 

僕は、鎌倉学園という高校に通っていた。

鎌倉学園は、昔も今も男子校だが、「鎌倉五山」という名刹の一つ、「建長寺」という由緒あるお寺が運営している学校である。

鎌倉学園の校風は、質実剛健…と言いたい所だが、勿論、校風どおりの硬派な奴も居れば、チャラい奴も居た。

まあ、言ってみれば、みんなそれぞれのやり方で、それなりに学園生活を楽しんでいた。

 

 

鎌倉学園を運営する「建長寺」の奥には、「半僧坊」という、有名なパワースポットが有る。

「半僧坊」には、天狗の像が鎮座し、天気が良ければ、そこから富士山の絶景もバッチリ見る事が出来る。

僕は、元々「歴史」が好きだったから、古いお寺なんかにも興味が有ったが、「歴史」なんか全然興味が無い同級生は、勿論、「半僧坊」なんて、見向きもしていなかった。

でも、僕は「御利益」が有るかどうかは別にして、よく「半僧坊」に行って、お参りなんかをしていた。

特に、若葉や花菖蒲(あやめ)の季節の「半僧坊」の眺めは、とても素晴らしい。

「みんな、もっと来れば良いのにな…」

僕は、誰に言うともなく、呟いていた。

 

<第2章・『鎌倉時代』>

 

 

さっき、僕は「歴史」が好きだと言ったが、中でも僕が大好きなのは「鎌倉時代」である。

鎌倉に在る学校の生徒だから言うわけではないが、「鎌倉時代」ほど面白い時代は無いと、僕は思っていた。

源氏平氏が戦った「源平合戦」を経て、源氏が平氏に勝ち、源頼朝「鎌倉幕府」を成立させ、

やがて源氏の将軍の血筋が3代で途絶えた後は、北条氏「執権」として、「鎌倉幕府」の実権を握った。

その間、多彩な歴史上の人物が現れては消えて行ったが、僕は勝手に、そんな「鎌倉時代」に、ロマンを感じていた。

 

 

学校の「歴史」の授業は、総じて面白くない…という話はよく聞くが、

僕が通っていた鎌倉学園の「歴史」の授業は、とても面白かった。

「歴史」の先生は、とても話が面白く、まるで歴史上の人物が、恰(あたか)も目の前に居るような調子で、先生は生き生きと、「歴史」について語っていた。

「鎌倉の学校だから言うわけじゃないけどな、鎌倉時代ほど面白い時代は、なかなか無いぞ」

その先生は、よくそんな事を言っていたが、僕が「鎌倉時代」が好きになったのは、その先生の影響も強かったと思う。

「先生が、一番好きな歴史上の人物は、誰ですか?」

ある時の授業中、僕がそう聞くと、先生は、

「そりゃあ、源義経だね」

と、即答した。

「義経は、戦の天才だったけど、あまりにも政治力が無さ過ぎた。平氏を倒したのは間違いなく義経の力だったのに、その後、兄の頼朝に危険視され、結局は義経は討ち取られた。その悲劇性に、先生は惹かれるんだよ」

先生は、源義経について、熱く語っていた。

「って事は、頼朝は嫌い?」

僕がそう聞くと、

「ああ。頼朝みたいな冷酷な人間なんて、絶対に友達になりたくないな」

先生がそう言ったので、クラス中で笑いが起こった。

「でも、それだけ冷徹な人間じゃないと、トップには立てないものだよ…」

先生は、そうも言っていた。

 

 

「ところで、これは試験には出ないけどな。こんなエピソードも有るぞ…」

先生は、「余談」として、よく「歴史」の裏話を話してくれたが、その時は、源義経静御前の話を聞かせてくれた。

「義経が、頼朝に追われ、奥州に逃れて行った時…。義経の愛人・静御前が、源頼朝と北条政子の前で、義経の事を思って、舞を舞ったんだよ。静御前はその時、どんな思いだったのか、その心境を思うと泣けてくるね…」

その時、源頼朝は激怒したが、頼朝の妻・北条政子は、

「私も、あの方の気持ちはよくわかります。貴方も、かつては謀反人でしたから…」

と言って、取りなしたので、頼朝もそれ以上は何も言えなかった。

「まあ、頼朝っていうのは、奥さんの政子に頭が上がらなかったからな。グウの音も出なかったんだろうよ」

何処までも頼朝に厳しい(?)先生が、またしてもバッサリと頼朝を切り捨てたので、クラスでは、また笑いが起こった。

「そうか、義経と静御前は、それだけ想い合っていたんだろうな…」

先生の話を聞きながら、僕はそんな事を思っていた。

 

<第3章・『高校3年生』>

 

 

そして、僕達は高校3年生になり、そろそろ「進路」についての事が、同級生達の間でも話題になっていた。

「お前、何処か行きたい大学とか有るの?」

高校3年生になった春先の頃、僕と一番仲が良かった同級生のM君に、そう聞かれた事が有った。

「有るよ、青学。僕は青山学院に行きたいんだよ」

M君に聞かれた僕は、そう答えた。

「ふーん、そっか、青学か。何で青学に行きたいの?」

「青学って、音楽サークルが盛んみたいだからね。青学に入って、音楽サークルで活動してみたいと思ってね」

僕は、趣味でギターやピアノなんかを弾いていたが、専ら1人で弾いていたので、大学に入ったら、音楽サークルに入りたいなんていう事を思っていた。

なので、M君に聞かれたので、僕はその事を答えた。

「M君は、何処に行きたいの?」

僕がそう聞くと、M君は、

「俺か?俺は早稲田だ」

と答えた。

「そうか。M君なら早稲田に行けると思うよ」

M君は、とても成績が良かったから、多分、希望どおりに早稲田にも行けるだろうと僕は思った。

「まあ、とにかくお互いに頑張ろうぜ!!」

僕とM君は、そう言って、お互いの健闘を誓い合った。

僕は、どちらかといえば「文化系」であり、M君は運動神経も抜群であり、性格は全然違ったが、何故だか僕とM君は気が合っていた。

人間の「相性」というのは、とても不思議な物である。

そして、僕とM君が、そんな会話を交わしてから暫く経った頃…僕に、とても不思議な出来事が起こった。

 

<第4章・『鶴岡八幡宮』>

 

 

鎌倉学園は、「北鎌倉」という所に有るが、

僕は学校の帰り道、たまに「鶴岡八幡宮」に寄ったりしていた。

「歴史」が好きな僕としては、「鶴岡八幡宮」に行くだけで、何だかワクワクしていた。

「お前、そんなに鶴岡八幡宮ばかりに行って、よく飽きないなあ…」

M君は、そう言って呆れていたが、僕も、自分でも不思議なぐらい、何故か「鶴岡八幡宮」が好きだった。

そして、高校3年生の初夏のある日、僕はまたしても、学校帰りに「鶴岡八幡宮」に寄って行く事にした。

「M君も、行く?」

僕は一応、M君に聞いてみたが、

「俺は、いいよ。ちょっと寄りたい所も有るし…」

と言って、M君には断られた。

「そっか。じゃあ、また…」

「おう、気を付けて帰れよ」

僕達はそう言って、学校の前で別れた。

僕はその足で、「鶴岡八幡宮」へと向かった。

「鶴岡八幡宮」に着くと、既に夕暮れ時になっていた。

 

 

僕は、暫くの間、「鶴岡八幡宮」を、ぶらぶらと散策した。

特に、何か用事が有るわけではない。

ただ、此処に来ると、源頼朝北条政子といった、歴史上の人物が、かつてそこに居たのだ…という感慨に浸る事が出来る。

僕は、物思いに耽り、ボンヤリしながら歩いていた。

「ん…?」

僕が、ちょっとした異変に気が付いたのは、その時だった。

気が付くと、僕はあまり見た事が無い道へと、迷い込んでいた。

辺りは既に薄暗く、道の両側には、灯篭に灯りが灯っていたが、何故か、その辺りには人が誰も居なくなっていた。

「こんな道、有ったかな…」

僕は、思わずキョロキョロしてしまった。

だが、いくら歩いてみても、自分が知っているような景色は、なかなか見えて来ない。

「まさか、こんな所で迷ったとか…?」

僕は、まさか勝手知ったる鎌倉で、自分が道に迷うなんて思ってもみなかったが、どうやら自分は本当に道に迷ってしまったと、認めざるを得なかった。

僕は俄かに不安になった。

そして、ふと前の方に目を向けると…1人の若い女性が居るのが見えた。

「人だ、人が居る…」

それだけで、僕はホッとした。

だが…ホッとしたのも束の間、僕はまた不安に襲われた。

その人は、とても異様な雰囲気だったからである。

「何だ、この人は…?」

僕は、じっと、その女の人の方に目を凝らした。

 

<第5章・『不思議な女』>

 

 

その女の人は、歳の頃は僕と同じか、少し上ぐらい…いずれにしても、若い女性だったが、

そんな事よりも、異様だったのは、その女(ひと)は和装だった事である。

どのような装いだったのかといえば、「歴史」の教科書によく載っているような、袿(うちぎ)に小袖という、所謂「旅装束」であった。

「何だろう、この人…」

僕は、ちょっと気味が悪かったが、辺りには他に誰も人は居らず、その人しか居なかったので、仕方なく(?)僕はその女(ひと)に、話し掛けてみた。

「あのう…。すみません…。ちょっとお聞きしますが…」

僕がそう声を掛けると、その女(ひと)は真っ直ぐに僕の方を見た。

僕は、思わず息を呑んだ。

その女(ひと)はとても綺麗な女(ひと)であり、その瞳に思わず吸い込まれそうになるような気がした。

僕はそれまで、こんな美しい女(ひと)は見た事が無かった。

でも、僕が息を呑んだ理由というのは、それだけではない。

その女(ひと)の顔色は、とても青白く、まるで、この世の人ではないように見えたからである。

「何かしら…?」

その女(ひと)は、小首を傾げ、僕にそう言った。

「いや…。ちょっと道に迷ってしまって…」

僕が、やっとの思い出答えると、その女(ひと)は、軽く頷くと、

「そう。それじゃあ、付いていらっしゃい…」

と言っていた。

「…何処へ行くんですか?」

僕は尋ねたが、彼女は何も答えない。

「来れば、わかります。さあ、どうぞ…」

僕は、本当はすぐにでも逃げ出したかった。

しかし、自分の身体が言う事を聞かず、僕はフラフラと導かれるようにして、その女(ひと)に付いて行った。

「困るよ。僕、帰らないと…」

僕はそう言おうとしたが、何も言葉が出て来ない。

気が付くと、辺りには深い霧が立ち込めていた。

 

<第6章・『鳥居』>

 

 

「危ないわ。さあ、こっちよ…」

僕は、その女(ひと)に手を引かれ、深い霧の中、どんどん前へ進んで行った。

少し霧が晴れると、夜の闇の中、ボンヤリと赤い鳥居が見えて来た。

「ここを通るの…?」

僕は、やっと口が利けたので、そう聞くと、彼女は頷いた。

彼女は、僕の手を引くと、鳥居をくぐり、先へ先へと進んで行く。

そして、あまり覚えていないが、いくつかの鳥居をくぐったような気がした。

「一体、何処へ連れて行かれるんだ…」

僕はそう思ったが、もはや僕はその女(ひと)に導かれるまま、先へ進むしか無かった。

今思うと、とても不思議な事だが、僕はその時、その女(ひと)に手を引かれた感触を、今でもハッキリと覚えている。

だから、あれは夢でも幻でも無かったと思うのだが、本当はどうだったのか、よくわからない。

それに、僕はその女(ひと)の顔も、ハッキリと覚えている。

だから、僕は本当にあの時、その女(ひと)に出逢ったと思うのである。

「さあ、着いたわ…」

その女(ひと)の声に、僕は我に返った。

気が付くと、そこは何処かの神社の境内のようだ。

そして、境内の真ん中には…古めかしい「能舞台」が有った。

 

<第7章・『能舞台』>

 

 

「ここは…?」

僕が尋ねると、その女(ひと)は、

「舞台の上を、見ててちょうだい…」

と、一言だけ答えると、後は黙り込んでしまった。

仕方なく、僕は「能舞台」の方を見ていた。

その「能舞台」は、夜の闇の中、篝火に照らされ、そこだけが浮かび上がっているような、不思議な景観だった。

 

 

 

気が付くと、その「能舞台」の上に、誰かが立っていた。

いや、立っていたというよりも…卑近な喩えをすれば、まるでホログラムのような「映像」が、「能舞台」に映し出されているように見えた。

「あれは…?」

僕は、傍らに居た、あの女(ひと)に聞くと、彼女は、

「新田義貞様です…」

と、答えた。

新田義貞の事は、僕も知っている。

鎌倉時代の後期、北条高時が率いる幕府軍と戦った、倒幕方の武将である。

新田義貞は、鎌倉の七里ガ浜を経て、稲村ケ崎まで来た時、持っていた太刀を海に投げ入れ、天に祈ったところ、見る見る内に潮が引いて行き、その間に義貞の軍勢が稲村ケ崎を突破し、鎌倉に攻め入る事に成功した…という、有名な「伝説」が有る。

僕は、今まさに「能舞台」の上に見ているのは、新田義貞が、太刀を海に投げ入れようとしている、その姿であった。

「あれが、新田義貞…」

僕は、呆然として、その光景を見ていた。

 

 

 

 

ふと気が付くと、「能舞台」の上で、新田義貞は姿を消していた。

そして、「能舞台」の上には、新たに複数の人物の姿が見えた。

「あの人達は…?」

僕が問いかけると、あの女(ひと)は、

「鎌倉殿と、梶原景時様、そして…上総介様です…」

と、答えた、

僕は、ハッとした。

「鎌倉殿って事は…。あれが、源頼朝…」

間近で見る源頼朝は、僕の思い描いていた通りというか、冷徹な表情の男に見えた。

そして、頼朝の傍らに居るのが、梶原景時と、上総介…そう、上総広常だ。

「という事は、今から上総介は、梶原景時に斬られる…」

僕は思わず息を呑んだ。

上総広常は、源頼朝の命を受けた梶原景時によって斬り殺される運命にある。

そして、梶原景時が上総広常を斬って捨てた太刀を洗った場所こそ、鎌倉の名所の一つ、「太刀洗」である。

そして、頼朝が見守る中、今まさに、梶原景時は太刀を振り下ろし、上総介を斬ろうとしていた。

「危ない!!やめろ!!」

僕は思わず、声を上げ、目を瞑った。

そして、気が付くと、「能舞台」の上から、彼らの姿は消えていた。

 

 

 

 

 

「何なんだよ、一体…」

僕は、わけがわからなかった。

今、目の前で見た光景が、とても信じられなかったが、ともかく僕はハッキリとこの目で、歴史上の人物達の姿を見たのだ。

よくわからないが、今、僕の傍らに居る、この不思議な(ひと)が、その力を使って、あの人達を「能舞台」の上に呼び寄せた…僕には、そうとしか思えなかった。

気が付くと、辺りの景色も次々に変わり、僕の目の前には、「六地蔵」が現れたり、「流鏑馬」の光景や、月に照らされた月見櫓、そして紅葉も美しい化粧坂(けわいざか)…などの光景が、次々に表れた。

「走馬灯にように」

という言葉が有るが、人間は死ぬ間際に見る「走馬灯」とは、こういう物かと、僕は思った。

「もう、やめてくれ!!」

僕は、思わず叫んだ。

 

<第8章・『大銀杏』>

 

 

「君、いい加減にしてくれよ…!!」

僕は、とうとう、たまりかねて、あの女(ひと)に詰め寄った。

彼女は、とても悲しそうな顔をしていた。

「ごめんなさい…。でも、もう少しだから…」

彼女はそう言うと、「能舞台」の上を指し示した

「能舞台」の上は、いつの間にか、雪景色になっていた。

そこに見たのは、あの「鶴岡八幡宮」の大階段…雪が舞う中を、盛装をした1人の貴人が降りて来ていた。

「あれは、まさか…」

僕が、あの女(ひと)に聞くと、彼女は、

「実朝様です…」

と、答えた。

そう、源頼朝の嫡出の次男であり、鎌倉幕府の3代目の将軍となった、源実朝である。

そして、「鶴岡八幡宮」の階段の下にある大銀杏の影に、1人の男が隠れている。

それは、今まさに実朝を待ち伏せし、斬り殺そうとしている男…公暁である。

この直後、実朝は公暁に暗殺される運命にある。

またしても、血が流れようとしていた。

「もう、やめてくれ!!」

僕は叫んだ。

「一体、君は何で、こんな物を僕に見せるんだ!?」

僕は気色ばんで、あの女(ひと)に詰め寄った。

「みんな、亡くなってしまったわ…。私、とても寂しくて…」

彼女は、僕の問いに対し、答えになっているのかいないのか、よくわからないような事を言った。

「私、とても寂しかったのよ…」

彼女の頬には、涙が伝っていた。

「貴方に、こんな所まで付き合わせちゃって、ごめんなさい。でも最後に、どうしても見て欲しい物が有るの…」

彼女は、そう言った。

「僕も、声を荒らげて、悪かったよ…。で、見て欲しい物って、何?」

彼女に泣かれてしまい、僕も些かバツが悪く、思わずそう聞いていた。

「これよ…」

彼女は、涙を拭うと、そのまま「能舞台」へと上がって行った。

「私の舞を、見て欲しいの」

「能舞台」に上がった彼女は、真っ直ぐに僕の方を見据えていた。

気が付くと、彼女の装いが変わっている。

彼女は、いつの間にか、白拍子の衣装を着ていた。

 

<終章・『静の舞』>

 

 

 

「白拍子」の衣装を着た彼女は、前にも増して、とても美しかった。

そして、彼女が「能舞台」の上で、舞を始めると、辺りには桜吹雪が待っていた。

僕は、この世の物とは思えない、幻想的な光景に、しばし我を忘れていた。

彼女が舞を始めると同時に、何処かから、お囃子の音も聞こえていた。

そして、彼女が舞を始めてすぐ、彼女は歌も歌い始めた。

その歌を聴き、僕はハッとした。

 

 

「しづやしづ しずのおだまきくりかえし むかしをいまに なすよしもがな…」

もはや、言うまでもないだろう。

それは、紛れもなく、あの静御前が、想い人である源義経の事を思って、歌った歌ではないか。

「それじゃあ、君は…」

薄々、そうじゃないかと思っていたが、やはり、この人は…。

しかし、僕の問いには何も答えず、彼女は静かに、そして優雅に舞い踊っている。

青白かった彼女の頬に、赤みがさしていた。

「女って…。誰かの事を思う時、とても強くなれるものよ…」

彼女が、そう言っているように思われた。

僕は、いつまでもいつまでも、その女(ひと)の不思議な舞に見惚れていた…。

 

(つづく)

 

 

『通りゃんせ』

作詞・作曲/桑田佳祐

唄:サザンオールスターズ

 

一の鳥居 通りゃんせ

二の鳥居 通りゃんせ

三の鳥居 通りゃんせ

北条はんに参りゃんせ

 

一の鳥居 通りゃんせ

北条はんに参りゃんせ

大町小町 静御前(しずか)と桜舞う頃

 

二の鳥居 通りゃんせ

半僧坊へ参りゃんせ

大天狗小天狗 若葉や花菖蒲(あやめ)濡る頃

 

三の鳥居 通りゃんせ

盂蘭盆会(うらぼんえ)参りゃんせ

げげげと白き蓮花咲く頃

 

戦(いくさ)は七里の磯づたい

在りし日も蝉しぐれ

嗚呼 落ち水流るは太刀洗(たちあらい)

亡き人の "思い馳せ涙" と見てとらん

 

一の鳥居 通りゃんせ

北条はんに参りゃんせ

大町小町 萩見て流鏑馬(やぶさめ)の頃

 

二の鳥居 通りゃんせ

お十夜に参りゃんせ

化粧坂(けわいざか)もみじが朱に染まる頃

 

闇夜に篝(かがり)て薪能(たきぎのう)

虫の音(ね)に囃されて

嗚呼 やぐらで月見の六地蔵

古(いにしえ)を "歌にせし雅(みやび)" と見てとらん

 

三の鳥居 通りゃんせ

禅寺へ 参りゃんせ

名刹古刹 大銀杏に小雪舞う頃