まえおき
8月もいよいよ終盤。秋の大会を目前に控えた新発田農業高校野球部は、8月30日(土)に長岡商業、翌31日(日)に佐渡高校と練習試合を行いました。夏休みの総仕上げとして臨んだ4試合は、勝敗こそ分かれましたが、攻守に多くの収穫と課題が浮かび上がる内容となりました。
8月30日(土)対 長岡商業
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第1試合(先攻)
粘り強く食らいついたものの、守備の乱れが響き 6-7で惜敗。
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第2試合(後攻)
序盤から主導権を握り、投打が噛み合って 7-2で快勝。
試合を通じて見えたもの
4試合を通じて打線は安定感を増し、得点力は確実に伸びています。後攻の試合では序盤から試合を支配する展開が多く、特に10得点を挙げた佐渡戦は「つながる打線」の真価を見せました。
一方で、「無駄なエラー」が勝敗を左右する場面もありました。守備でのわずかな乱れが流れを失い、接戦を落とす要因となることも。秋の公式戦では一瞬の隙が命取りとなるだけに、残された期間での修正が急務です。
夏休みの総括
約1か月にわたる夏休みで、数多くの実戦経験を積み重ねてきた芝農ナイン。長岡商業戦での悔しい敗戦、佐渡戦での大量得点、いずれも選手たちを大きく成長させてくれました。
夏休み練習試合結果
17試合 9勝8敗
いよいよ秋季大会の初戦が迫っています。短い準備期間の中で、今回得た課題を修正し、さらに力を伸ばすことができるかどうかが勝負の鍵となります。
「夏の終わりは、秋への始まり」。新発田農業高校野球部は、この夏に培った力を胸に、次なる挑戦へ歩みを進めます。応援よろしくお願いいたします!
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ブログ筆者
浅野政和(あさのまさかず)
新発田農業高等学校 野球部後援会 理事
ホウセイマル株式会社 代表取締役
1961年 新潟県北蒲原郡豊栄町生まれ(現在:新潟市北区)※この年芝農が初めて甲子園出場。
1980年 新発田農業高等学校 農業科卒業 皆川監督の1年後輩になります。※この年芝農が19年ぶり2回目の甲子園出場。
小中と野球をやっていましたが、高校では応援団に所属し野球部を応援。皆川監督が3年生の時、芝農が準々決勝、準決勝、決勝と勝ち進む中、私は応援練習を疎かにしていたため、振付けが覚えられず3年生の団長から「お前は、団旗持ってろ!」と言われあの大きい団旗を試合が終わるまで持ち続けることに(汗)
当時、「嗚呼‼花の応援団」という漫画がヒットしていた影響なのか?団旗を持つ姿が珍しかったのか?実名入りの記事が、新潟日報ともう一社?に、準々決勝翌日の新聞に紹介されてしまいました(笑)


卒業後は、飲食の道に進み40年以上従事しています。お店は、聖籠町にある「居食亭ほうせい丸」というお店です。
芝農OBと言えば
【加藤 健さん(現:読売巨人軍コーチ)】
お店が聖籠町という事で、プライベートファンクラブを作り、聖籠町出身の「加藤 健」さんがドラフト指名された高校3年の時から当店に来ていただき、入団後も、年末に「読売ジャイアンツ新潟ファンクラブのつどい」を開催しプライベートで参加して頂いていました。
新潟で試合がある時は、応援ツアーを組み、柏崎、三条、長岡、新潟などへファンと一緒にマイクロバスで駆けつけ、球場に横断幕を掲げて応援をしていました。

入団から引退までの18年間ずっと応援し続け、アルビレックス・ベースボールクラブ在籍時に書籍を出版した際も、当店で「出版記念パーティー」の開催や、ジャイアンツに復帰する事になった時も「ジャイアンツ復帰を祝う会」なども開催しました。


その加藤健さんが皆川監督に当店を紹介した事がきっかけで監督との交流が始まり、私が後援会の理事になったという流れです。
私は長年飲食店をやる中でメニュー作成、ホームページ作成、ブログ作成などの広報を担当して来ました。後援会理事になってから、そのスキルをいかして後援会でも広報を担当しています。
▼デザインした芝農関係

▼デザインしたメニューの一部
新潟県北蒲原郡聖籠町藤寄2321-4








