一切唯心造

いっさいゆいしんぞう


と読みます。






年明けに、京都へ行ってきました✨






そのとき

「鈴虫寺へ行こう!お願い事をきいてもらえるよ」

となりまして

鈴虫寺へ行き、お坊さんのありがたいお話を

きいてきたときに教えていただいたのが

冒頭の言葉です。








一切唯心造

全ての事柄は

ただ、自分の心が造り出しているにすぎない。 

物事をどう見るか、どう捉えるか

 良く考えるも、悪く考えるも 

幸せと考えるも、不幸せと考えるも

 全ては自分の心次第である。





という意味なのだそう。





これ、わたしがいつも思ってることだー😳✨

子どもたちに聞いてほしかったやつ!

なんてラッキー✨✨✨





思春期の子どもって、親の言う事聞いてくれない😂

だから第三者が言ってくれるの、ありがたみの極み!





これに同じようなこと書いてますー







よくよくお話をきいていると
一切唯心造という言葉は仏教の言葉なのだそう。




自分が思い込みや先入観、決めつけの色眼鏡をかけていたら
いつまでも物事はその思い込み通りにしか見えない。




だけど
自分の心が曇らずクリアならば
物事のあるがままの姿や様子を偏見なく
受け取れる。





ということ。





思春期の年頃の子どもにとって
毎日心配ごととか不安とか悩みとか
尽きることなくあると思うんだけど



この言葉をお守りに
少しでも心健やかに過ごしてほしいなーにっこり
と思ったのでした。





鈴虫寺のお坊さん、ありがとうございますー🙏🏻✨








わらじを履いているから
住所と氏名、願い事を言うと、家まで叶えに来てくださるありがたいお地蔵さまです🙏🏻✨





お坊さんのお話、十数年前にきいたときよりも
内容がとてもよかったので
初めてさんも、リピートさんにも
おすすめですー






願い事が叶ったらここでご報告しますね!