「10/10」と言えば

我々の世代は間違いなく

「体育の日」と

言うのだろうけど

俺が現役の頃は

「今日は俺の記念日だ!」って

言ってまわったもんだよ口笛

 

なぜかって?

 

それはね

1967年10月10日

後楽園球場で行われた

対広島戦でさ

俺、投げてはノーヒット・ノーラン

打っては3打席連続ホームランと

大活躍しちゃった日なんだよね~。

 

でも今、祭日は

10/10じゃなくて

10月第2月曜日になったもんだから

つまんなくなっちゃった~(笑)

 

くぼのやすたけさんが

コメントくれたけど

この日のことは後日

じっくり語らせてもらうとして

今日はね、俺じゃなくて

後楽園球場」の方に

スポットを当ててお話ししたいんだ。

 

これまたお知らせに

なっちゃうんだけど

今、発売中の

ベースボールマガジン11月号 ¥1,030-

 

後楽園球場の

閉場30周年記念スペシャルと題して

そこを舞台にして起きた

数々の名場面とともに

球場の魅力を掘り起こし

懐かしむ特集なんだよ。

 

後楽園球場は

日本で初めて

電光掲示板や

人工芝を導入したりと

球界の最先端を

いっていた球場

 

60年代では

ホームランを打つとね

バックスクリーンに

噴水が上がったんだよ。

今じゃ

考えられない演出でしょ。

 

スコアボードが

電光掲示板に変わると

それまでにはなかった

打席に立つ打者の

打率やホームラン数まで

表示されるようになってさ

慣れないうちは

変なプレッシャーになったみたい。

 

そして

「電光掲示板」のエピソードととして

語り継がれる1枚の写真

長嶋さんの引退試合

その最後のスコアボード

 

キャッチャーが

途中、森祇晶さんから

吉田孝司さんに交代したけど

消化試合にも拘わらず

巨人V9戦士で臨んだ試合

 

そこに連ねた

「1 横山」の名前

 

このスコアボードの想い出を

横山本人が語ってるんだけど

俺としては

ツッコミたい部分もあるが(笑)

読んでて面白かったよ。

 

今回の特集を組む中で

ベースボールマガジン社

社長の池田くんと編集長の佐藤くんが

俺のところにも

取材に来てくれて

後楽園球場と共に歩んできた

俺の現役生活を

色んな角度から聞いてくれたんだ。

 

俺、色んなことやってきたからね

輝かしい記録もあれば

晩年、プライドを捨てた登板も

あったりね。

 

項目が多すぎて

どうやって編集するんだろう?

なんて内心思ってたけど

さすが!

よくまとまっておりました(笑)

 

しかし、懐かしいなぁ。

後楽園球場のマウンド

俺、大好きだったんだ。

角度がね、いいんだよ。

 

逆に苦手だったのが

中日球場

 

これにはちゃんと

理由があってね、

 

俺と同じ

1965年ドラフト1期生

徳島商業から慶應大に行かれ

中日ドラフト3位入団の

広野 功さん

 

俺と新人王争いをしてたんだけど

俺、中日球場で

広野さんに

逆転サヨナラ満塁本塁打

を打たれちゃってさ。

負けは城之内さんに

ついちゃったんだけどね。

(どうもすみません)

 

みんなはそんなこと

ないって言うんだけど

中日球場は

マウンドからだと

ホームプレートが

曲がって見えるんだよ。

 

だから

投げづらくてさぁ~

広野さんに

打たれちゃったんだよ。

 

それから嫌い(笑)

 

ちなみに

広野さんだけど

巨人に移籍してからも

代打逆転サヨナラ満塁本塁打

打ってんだよ!

生涯2本も「逆転・・・」打ってる選手って

広野さんだけじゃないのかな?

 

 

話を戻して

今回の特集

後楽園だけじゃなくて

広島市民球場や

川崎球場などなど

惜しまれつつ

解体されていった球場と

そこで活躍された

名選手の方々が紹介されてて

オールドファンには

たまらないんじゃないかな。

 

V9戦士も俺を始め

みんな年老いてきたからね(笑)

当時の話など

元気なうちに

どんどん聞いてほしいって

最近は思うんだ。

 

ブログを始めたおかげかな。

 

 

今日も読んでくれてありがとう!

それでは、また明日パー

 

 

【 追伸 】

たくさんのいいね、や

気持ちのこもったコメント

みんなありがとう!

コメントは1つ1つ

お返事出来てないけど

楽しく読ませてもらってます!