5月19日 5:00起床、
今日は、気仙沼まで行き、そのまま仙台駅へ直行して東京へ帰るため、
荷物などの用意もあって 早朝に起床。
3時間ほどかかるため、朝食を食べてすぐ
6:30~ に出発しました。
山間を抜けて3時間、
まずは気仙沼の漁港にいき、被害状況を確認してきました。
カーブを曲がると突然、津波が襲った町が表れてきました。
船が乗り上げていたり、
車、家が倒れていたり、
火災で真っ黒になってしまった船もありました。
そして、高台の場所で車を降りたところ、
すざまじい臭いに驚きました。
お魚が腐ってしまって
その臭いが
高い高台の場所までずっと届いてしまっていたのです。
破壊された上に、臭いがあり、
その中で作業をしている人の気持ちを思うと、
本当にいたたまれない気持ちになりました。
映像からでは、わからない
現地にいってみて初めてわかった状況でした。
そして、車で30分、
気仙沼市立新月中学校につき、ボランティアコンサートを始めることになるのですが、
あまりの状況と、あの臭いのことを思うといたたまれなく
その地域の人々は、まだまだ大変な気持ちを抱えており、
わたしのこころの状態もとてもよい状況とはいえませんでした。
ほとんど、励ましや、ねぎらいの言葉をかけることもできず、
呼吸法をして、さやかちゃん、わたしと
言葉すくなに始めました。
でも、そのうち、
わたしも言葉がみつからないことを伝え
“ふるさと”でみんなで合唱すると、
みなさんとの心が少しづつ、
近づいてきたのがわかりました。
明るくふるまって元気印だった漁師さんらしき人も
一生懸命こらえながら、でもあふれ出る涙をおさえきれない状態で男泣きされていました。
ただ、一緒にその空間にいるということだけを、
お互いに感じている状態で、
繋がっている感覚だけを、確認し、
音楽を通して、張りつめてきた感情を解き放ちました。
みなさん言葉すくなげではありますが
涙の向こうに笑顔を浮かべて、
「CDを聞かせて頂きます。ありがとうございます。」とお声がけくださいました。
少しでもお役に立てたのなら嬉しいですが・・・
敷地内には、自衛隊の方々が、テントを張って
そこで衣食住をし、頑張って下さっていました。
本当に有り難いことです。
大阪や広島、いろんなところから、人の輪が集まってきているんだと思います。
心より感謝です