母に、「お父さんに向かって話していることは全てお父さんは聴いているし,届いているから」と伝えていたので,母は,父の遺影に向かって話している。



わたしがいないときには,かなり長いこと父と話していると言っていた。



父の遺影に選んだ写真を、母はとっても気に入っている。



その写真は,父のお墓の前で撮った写真だった。



黒光りする自分で選んだ墓石に満足していたようで,柔らかな表情をしていた。



父は,お墓は買ってあったが,墓石は自分が死んでからと思っていたようでそのお金を準備していた。



何度となく父は「石はお父さんが死んでから頼む」と、言っていた。



父は、そう決めていたようだ。



わたしは父に言った。



「お父さん、自分のお墓なんだし,自分が気にいる石を選んだら、だって、私たちが選んだら,お父さん気にいらないかもしれないしね」



父は,自分の計画通りにいかないことをひどく嫌うし、だいたいわたしの言うことはほとんど聞かない。



しかし、このときだけは、直ぐに墓石屋さんに連絡をとっていた。



そして,けっこう高い墓石を注文し、満足そうだった。



出来上がったのが,おととしの夏くらいのことで、お墓ができたことで父は安心したようだった。



その頃から,どんどん歩けなくなってきて,もどかしかったのか父は「お寺の裏に早く行きたい」と言うようになったらしい。



お寺の裏にお墓があったので,つまり早く死にたいということだった。



先日,実家にいたときに,断捨離していて1冊のノートを見つけた。



最初の1ページに,文字とも思えないような、ぐちゃぐちゃな文字がいくつか書かれていた。



それは父が書いたものだった。



父は,比較的きれいな文字を書いていた。



しかし,それを書いてから,父は文字を書かなくなったらしい。



一つ一つできなくなって,それを受け入れていくことは難しいことだと思う。



イライラするし,悔しいし、そんな中で父は母を杖で叩いてしまったのだろう。



丁度1年前の4月のことだった。




今日,仕事帰りにシャトレーゼの前を通りかかったので,父がおいしいと言って食べていたプリン🍮を買ってきて食べた。




頻繁に面会してプリンを持って行けば良かった。



そうしたら、父の「うまいなぁ」をもっと聞くことができた。




これからプリンを食べる度に父の「うまいなぁ」を、

思い出すんだろうな🍮