久々に次男とブロンコビリーに行ってきた。
そのときの会話が、発達障害と二次障害について。
「発達障害は親のせいだと言われた時代がありました。つまり、後天的なものであるということです。
しかし、それは脳の特性であったり、遺伝的要因など先天的なものであると言われるようになりました。
ところが二次障害についての問題がクローズアップされるようになると、再び、二次障害は環境のせいであると言われたりします。
親の関わりによって二次障害が起きるということもあるわけです。
それを言われると親は辛いものがあります」
「そうだね。ママもケントが二次障害を起こしていて、それはつまりママのせいだと言われたようなものだった。よくここまでひどくしましたねと言われたことは忘れられない」
その通りだよ。
ケントが二次障害を起こしたのはわたしのせいだって
自分で知っていた。
だけどね。
こんなに育てにくい子と、ずっと向き合ってきたんだ。
診断される前は、何がなんだか分からない。
その分からないときに診断されて、言われるわけだ。
「よく、こんなにひどくしましたね」
ほんとに情けなくて悔しくて、ぶざけんなって思った。
あんたが育ててみろよ。
投げ出さないでやってきたんだ。
非難されることはあっても、投げ出さないでお母さんを続けていることを、誰もほめてなんかくれない。
次男が、言っていた。
痛みには人間は慣れることはできないんです。
どの痛みを感じるか、それぞれに違いますが、痛みは耐え難く辛いものです。
今日はクリスマス、あらゆる痛みを引き受けてお亡くなりになったイエスさまを思います。