なぜこのタイミングで、ゼレンスキーは軍のトップを交代させたのか? 国民の士気にかかわる重大な戦略的思考が必要とされるのに

 

↓メルマガ「宮崎正弘の国際情勢解題」2月10日より

 

2月8日、ゼレンスキー大統領はウクライナ軍の制服組トップ、ワレリー・ザルジニー総司令官を解任し、後任にオレクサンドル・シルスキー陸軍司令官を起用するとした。

何故、この時期に?

 

ロシア軍の侵攻以来、ウクライナ軍の指揮をしてきたザルジニー将軍は、兵士たちばかりか国民の信頼が厚く、急な軍トップ更迭は軍全体の士気に悪影響がでる。

 

ゼレンスキーとザルジニーは、戦況の情勢認識や兵士の動員、配置でしばしば意見が衝突したという。「2年間、国を守ってくれたザルジニー氏に感謝する。きょうから新たな指導部が軍の指揮を引き継ぐ」とゼレンスキーは将軍を称賛する一方で、軍司令部を一新し、ロシアとの戦いに新しい体制が必要とした。

 

シルスキー陸軍司令官はランクで言うと将官の最高位で元帥の下、三つ星。大将の上。上級大将と翻訳されるが、日本にはない階級である。またシルスキーは露西亜生まれのロシア人であり、両親と兄弟はロシアに在住。とくに母親はプーチンを敬愛しているとタス通信がつたえた。

シルスキーはモスクワで陸軍士官学校を卒業し、ウクライナに赴任後は軍人一筋。ロシアのウクライナへの侵攻以来、ドンバス、ドネンツク、ルガンスクなど最前線で戦った。

 

それにしても疑問が生じるだろう。

軍のトップ交替とは国民の士気にかかわる重大な戦略的思考が必要とされるのに、なぜこのタイミングで、軍のトップを交代させたのか?

 

第一に古今東西よくあることだが、専制者は自分よりも人気の高い軍人を嫌う。ザルジニー将軍を「信頼する」とした国民は82%で「ゼレンスキーを信頼する」と答えた国民は68%、つまりウクライナ国民の三分の一はゼレンスキー大統領への不信感を募らせていることが挙げられるだろう。

 

第二にあれほど東部戦線でロシア軍への大反撃を公言し、西側から最新鋭武器をしこたま供与されながら、軍事的反撃は不首尾に終わったばかりか、兵員の消耗が激しく精鋭は不在となり、男子の国外旅行を規制し、海外へでた男子の帰国を呼びかけた。

決定的な兵員不足のため、老人から女性までを動員し始めた。これはウクライナ軍が劣勢にある証拠で、その責任をゼランスキーはザルジニーに押しつけたかたちになる。

 

第三にゼレンスキーがおそれるのはクーデターだろう。よもやまさかと考えがちだが、西側の援助疲れは明々白々たる事実であり、米議会は追加の援助を認める空気にはない。

 

何度かあった「停戦」のチャンスを潰してきたのはゼレンスキー自身であり、周囲のブレーンたちも何人かが去った。「戦え」と煽り続けたジョンソン英首相はいなくなり、もっと激しく戦えと煽ったヌーランドはワシントンでも評判を落とし、国務副長官になり損なった。

西側はウクライナ支援にほとほと疲れ、あまさえ援助した物資や資金が途中で蒸発して、ウクライナの汚職体質にあきれ果てた。こうした状況下、軍の新体制は、どういう作戦で次ぐに備えるのだろうか?