友人としての弔辞は感動的だったが…安倍不在の自民党を支配する麻生氏がこれから始める『恐ろしい事』
優先されるのは「安倍氏の悲願」より「財務省の悲願」
PRESIDENT Online鮫島浩:2022/07/20

 

安倍晋三元首相を失った自民党・岸田政権はこれからどうなるのか。

 

ジャーナリストの鮫島浩さんは「安倍氏の『盟友』とされる麻生氏が権力の中心になる。

 

 

安倍氏の悲願である憲法改正はトーンダウンし、岸田首相は消費増税を進めるだろう」という――。

 

岸田文雄首相(自民党総裁)の記者会見に出席した麻生太郎副総裁(前列左)と茂木敏充幹事長(同右)=2022年7月11日、東京・永田町の同党本部[代表撮影]


安倍元首相亡き後の自民党の行方


「私もその内そちらに参りますので」

「その時はこれ迄以上に冗談を言いながら」

「楽しく語り合えるのを楽しみにしております」

「正直申し上げて」

「私の弔辞を安倍先生に話して頂く積りでした」

「無念です」
 


選挙演説中に凶弾に倒れた安倍晋三元首相(享年67)につづいて、東京・増上寺での家族葬で「友人」として弔辞を述べた麻生太郎元首相(81)への称賛が広がっている。

 

ネットでは「麻生太郎」が、トレンド入りして「泣ける」「盟友を失った麻生さんの心からの無念が伝わる」というコメントが溢れた。

麻生氏が14歳年下の安倍首相を副総理兼財務相として支えたのは衆目の一致するところである。

 

しかし、二人の蜜月関係は昨年秋、岸田政権発足とともに実は終焉していた。

 

それは自民党人事にも如実に表れている。

 

共通のライバルであった菅義偉前首相や二階俊博元幹事長、石破茂元幹事長らが次々に失脚。

 

権力闘争に勝ち残った二大巨頭の「盟友」関係は軋み始めていたのである。

岸田文雄首相の後見人として、キングメーカーの座に就いた麻生氏は、安倍氏が求める「高市早苗幹事長、萩生田光一官房長官」の人事案を一蹴。

 

     

 

岸田派ナンバー2で、安倍氏とは地元・山口県で長年の政敵である林芳正氏を外相に抜擢した上、安倍氏率いる最大派閥・清和会(安倍派)の、次世代ホープとされる福田達夫氏(彼の父である福田康夫元首相は安倍氏と犬猿の仲で知られる)を自民党総務会長に、同じく清和会ながら安倍氏とは距離のある松野博一氏を官房長官に登用し、安倍氏の影響力を削ぐ人事をあからさまに断行した。

 


政敵の派閥に所属する次世代ホープや不満分子を引き立てて、足元を揺さぶるのは自民党の派閥闘争のお家芸だ。

 

安倍派を凌ぐ「大宏池会」の夢


霞が関の秩序もガラリと変わった。

 

安倍政権は霞が関の主流であった財務省や外務省を首相官邸から遠ざけ、傍流とされてきた経産省や警察庁を重用した。

 

財務省は、この間、麻生氏を前面に押し立てて官邸からの風圧をしのぎ、紆余曲折を辿りながらも消費税増税を、二度実現させた。

 


絵画の前に立つ池田総理大臣(写真=Eric Koch for Anef)


安倍政権から菅政権にかけて財務相を9年近くも務めて「財務省の用心棒」となった麻生氏が、後ろ盾となる岸田政権が誕生して財務省は完全復権。

 

  

 

官房副長官には岸田派ホープで財務省出身の木原誠二氏が就任し、主要官庁から送り込まれる首相秘書官(事務)6人に内、財務官僚が2人を占めるという異例の財務省支配が確立した。

 

そもそも岸田派(宏池会)は、池田勇人、大平正芳、宮澤喜一ら財務省(旧大蔵省)OBを中心に受け継がれてきたハト派の老舗派閥であり、財務省と親和性が極めて高い。

麻生氏には野望がある。

 

祖父・吉田茂の直系である池田勇人が創設した老舗派閥・宏池会を源流とする麻生派、岸田派、谷垣グループを再結集して「大宏池会」を再興し、清和会(安倍派)を凌ぐ最大派閥として日本政界に君臨する事だ。

 

小泉政権以降の清和会支配に終止符を打ち、宏池会時代を打ち立てる麻生氏の野望を安倍氏が気前よく受け入れるはずはない。

向かうところ敵なし


麻生氏は慎重に事を運んだ。

 

参院選前に安倍氏との党内抗争が勃発して自民党が議席を減らせば元も子もない。

 

そこで参院選までは安倍氏の顔を立て、その持論である憲法改正や防衛費増額を前面に掲げて党内融和に腐心した。

 

しかし参院選が終わった後の党役員・内閣改造人事では清和会の福田氏を財務相に抜擢する等して安倍氏の影響力を更に削ぎ、二大巨頭の最終決戦にケリをつける――そう腹を固めていた。

その矢先、安倍氏が予期せぬ凶弾に倒れた。

 

二大巨頭の一方が突然消え失せ、麻生氏は党内闘争を仕掛ける事無く唯一のキングメーカーとして君臨することになったのだ。

 

自民党は参院選に圧勝。安倍氏亡き今、向かう処敵無しである。

「麻生氏は安倍氏を手厚く国葬して」

「安倍支持層へ礼節を尽くすでしょうが」

「その後は安倍色の強い政治家や官僚を一掃して」「麻生体制を盤石にしていくでしょう」

 

「国葬はその為にも必要な通過儀礼です」

 

「安倍氏を失った清和会が分裂の危機を迎え」

「大宏池会の再興に待ったを掛ける力はありません」

 

「政界、財界、官界、マスコミ界の麻生詣では」

「激しくなるでしょう」(宏池会関係者)

麻生氏が政局では大宏池会の再興に突き進むとして、国民にとって重要なのはキングメーカーとなった麻生氏がどんな政策を推し進めるかだ。

 

安倍氏の悲願、憲法改正には消極的


参院選で自民、公明、日本維新の会、国民民主党の改憲4党が発議に必要な3分の2を確保した以上、安倍氏の悲願である憲法改正に突き進むのか――。

 

実は麻生氏や岸田首相に近い宏池会や財務省からは、そのような声は殆ど聞こえてこない。

「2025年まで国政選挙が予定されていない」

「『黄金の3年間』に入ります」

 

「折角の時期に憲法改正に手をつけると」

「岸田政権は全エネルギーを」

「改憲4党で具体的な改憲案を」

「合意する事に注いで消耗するでしょう」

 

「発議に持ち込めても」

「国民投票で勝つ保証はない」

 

「国民投票で否決されたら」

「内閣総辞職は避けられません」

 

「そのようなリスクを背負い」

「改憲の成否と心中する積りは」

「麻生氏にも岸田首相にも」

「ありませんよ」(財務省OB)

参院選で改憲を掲げたのは安倍氏の顔を立てたにすぎない。

 

最早その必要がない以上「黄金の3年間」を改憲論議に費消するのは勿体ない――と云う訳だ。


2009年1月31日、WEFでの麻生太郎首相(当時)(写真=World Economic Forum/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)


麻生氏が、改憲論議に消極的なのには政局的な意味もある。

 

憲法改正の発議には、衆参両院の3分の2以上の賛成が必要で、自公与党だけでは不可能だ。

 

改憲を政権の最優先課題に掲げたとたん、維新と国民の両党に協力をお願いし、事実上の与党として遇しなければならない。

 

維新や国民は、それを狙って改憲論議を訴えている。

 

その誘いに乗らず、改憲にさえ手を出さなければ、気を遣うのは連立相手の公明党だけでいい。

「麻生氏は、維新が大嫌いです」

 

「小泉政権で激しく対立した」

「竹中平蔵氏の」

「影響を受けて居る事も気に食わないし」

「安倍政権で対立した」

「菅義偉前首相と松井一郎代表が」

「じっこんであることも不愉快です」

 

「維新は存在感を増す為に」

「改憲論議を声高に訴えるでしょうが」

「そうなればなる程」

「麻生氏は」

『わざわざ維新に花を持たせて』

『居場所を作ってやる事はない』

「と、改憲論議から引くでしょう」(財務省OB)

改憲を諦める事には、もうひとつメリットがある。

 

公明党の顔を立てることだ。


「岸田政権の最重要課題があるんです」


公明党の山口那津男代表は、参院選投開票日の夜、憲法改正について

 

「憲法を変えなければ(自衛隊が)」

「仕事ができないという状況ではない」

 

「憲法9条1項、2項は変える必要ない」

「むしろ」

「自衛権の限界を画するものとして」

「重要な規定である」と、早くもクギを刺した。

公明党は、安倍政権下で集団的自衛権等を巡り大幅な譲歩を重ねており、支持基盤である創価学会員には不満が募っている。

 

改憲だけは、絶対に阻止したいのが本音だ。

 

更に公明党は今年秋、70歳を迎えた山口代表から64歳の石井啓一幹事長へ党首をバトンタッチする事が既定路線となっている。

 

      

 

新体制が発足して、いきなり改憲に協力させられる事態だけは避けたいところだ。

「憲法改正だけは勘弁して欲しいと云う」

「公明党の姿勢は」

「麻生氏や岸田首相には渡りに船です」

 

「改憲論議を進めつつも」

「公明党の顔を立てて継続案件にし続ける」

 

「その替り」

「公明党に協力を求める」

「岸田政権の最重要課題があるんです」

消費税増税ですよ」(宏池会関係者)

「黄金の3年間」を見逃す筈が無い

 

安倍氏の悲願が憲法改正ならば、岸田政権で完全復権した財務省の悲願は消費税増税である。

 

霞が関に君臨するスーパーエリート官庁は、常に政局に介入して財務省シンパの政権を誕生させ、消費税増税を打ち上げさせてきた。

 

  

 

竹下登、細川護煕、橋本龍太郎、菅直人、野田佳彦……。

 

  

 

 

いずれも財務省に支えられ、財務省のお膳立てに乗って、消費税増税で痛打を浴びて倒れた内閣である。

 

財務省は、様々な内閣を使い倒して世論の風圧の強い消費税増税を一歩一歩進めてきたのだ。

財務省を遠ざけた安倍氏が退場し、財務省の用心棒である麻生氏が君臨する岸田政権は、消費税増税を進める千載一遇の好機である。

 

しかもこの先は国政選挙が予定されていない「黄金の3年間」なのだ。

 

財務省がそれを見逃すはずがない。

 


24年秋には自民党総裁選がある。

 

それが終われば衆院議員の任期は1年を切り、25年の参院選とあわせて選挙一色になる。

 

消費税増税を実現するとしたら、24年の通常国会がタイムリミットだ。


麻生―岸田体制の下で、多少強引でも消費税法改正を急ぎ、岸田政権の支持率が急落すれば24年秋の総裁選で、宏池会ナンバー2の林外相にバトンタッチして体制を一新し、解散・総選挙になだれ込めばいい――宏池会関係者の間では、そんなシナリオもささやかれている。

 


だが、24年通常国会となると、時間的余裕はない。

 

そこで重要となるのが野党対策だ。

 

与党入りに前のめりな維新や、国民を引き込むのはさほど難しくはない。

 

問題は立憲民主党だ。

 

立憲を巻き込む事ができれば、維新や国民は乗り遅れまいと進んで歩み寄ってくるだろう。

 

野党は徹底抗戦できない


財務省は、民主党政権末期の12年に重要な布石を打っている。

 

当時の野田佳彦政権は野党だった自民、公明との間で社会保障の財源に充てる為に消費税を増税する事で合意(3党合意)した。

 

これをお膳立てしたのは、財務省だった。

 


この後、民主党は衆院選で惨敗して下野し、自民党は安倍氏の下で政権復帰した。

 

安倍政権は3党合意に基いて、二度も消費税増税を実行したのである。

 

増税に尻込みする安倍氏が最後に同意したのは

 

「3党合意がある以上」

「野党も徹底抗戦できない」

「世論が野党支持に流れる事はない」

 

という財務省の説得があったからだ。

 


「民主党政権で消費税増税を進めた」

「菅氏、野田氏を始め」

「菅内閣の官房長官だった枝野幸男氏」

「野田氏の側近である蓮舫氏ら」

「立憲民主党の重鎮達はいずれも」

「3党合意当時の民主党の実力者です」

 

「今回の参院選で立憲民主党は」

「長引く不況や物価高を理由に」

『消費税率を時限的に5%へ減税する』

「という公約を掲げましたが」

「あくまでも時限的減税であり」

「立憲の重鎮達は」

「本質的に消費税増税は必要だったという立場」

 

「これから3年は国政選挙が予定されず」

「立憲自体も支持率が低迷して展望が開けない中で」

「岸田政権から呼びかけがあれば」

「蚊帳の外に置かれることを嫌って」

「且つての3党合意の様な形で」

「消費税増税に乗る可能性は否定できません」

(立憲若手議員)

消費増税には千載一遇の好機


円安物価高は留まる気配がなく、国民生活は増々厳しくなると悲観する向きは強い。

 

その中で本当に消費税増税に踏み切る事等できるのか、にわかに信じがたいところはある。

 

しかし、財務省には「消費税増税を前に進める事が最も評価される」というDNAが色濃く受け継がれ、その為に政界工作を尽くしてきた。

安倍氏という巨魁が突如として姿を消し、麻生氏と財務省の権力基盤が突出した今、千載一遇の好機だとして消費税増税を推し進める可能性は少なくない。

 

そこへ野党まで加担し、消費税増税の為の「大政翼賛体制」が出現したら、国民はどの様に抵抗すればいいのか。

参院選は有権者の二人に一人が棄権する中で自民党の歴史的大勝に終わり、暫く国政選挙はない。

 

与党一色に染まりゆく国会に対し、私達、有権者は世論の高まりなど選挙以外の方法で意思を表明していくしかない。