自殺


サウロがそこから退くと、

イマヌエルは、弟子を集めて、彼らに言った。

『知っての通り、
 二日後には復活祭になるが、私は司直に引き渡される筈だ。


そして十字架に磔られる。
これは決まっていることで、
私は知っているのだ。

私を裏切る者は、
ユダ・イハリオテで、
パリサイ人の息子である。

 

彼の心はただ金と銀や財産を狙っており、

彼は30枚の銀貨で私を裏切るだろう。
何故なら、彼の父
親の貪欲の為に惑わされるからだ。

銀貨の喜びは長く続かないだろう。
彼の心は動揺し、間もなく罪を感ずる様になるからだ。


ユダ・イハリオテは勇気もなく何の信心もなく、
自分の首に腰ひもを巻き、木の枝で首を吊るだろう。

よくよく言っておく。

ユダ・イハリオテ自殺は、
正義の様に見えるが、彼は不義なる人である。

何故なら、

人間は自由意志を所有しているが、
生と死決定する権利は無いからである。

掟の決定
つまり人は
寿命まで生きることがである。
その間に、人は自分の
霊を完成させるのである。

彼は
自殺によって自らを裁くが、
から逃げたのであり、
創造の
意図と、創造の背いたのだ。

自分の生や死を、

決定する権利持っていないことを認識せよ。

人は、
自分の生の
生き方についての権利だけを持っており、
生きる死ぬかの権利持っていない

それは、

自殺正当化する様な出来事や、立場は決してない

・・・というを意味している。

又、
第三の手によって実行されるものは、
委託殺人安楽死などと呼ばれ、それは
自殺ではない

人間はどんなに大きな罪を犯しても、
重荷がどんなに大きくなろうとも、
人間は、
自らの死決定する権利すら持っていない

従って、ユダ・イハリオテは大きな罪を犯すが、それでも、
生が死かを決める権利を決して持ってはならないのである。


過ちは、
霊を完全にする為の認識の方途(進むべき道)なのである。

人間は
自殺することによって罪や誤りから逃れるが、
認識からも逃れることになり、
もう一度
別の生で、その認識を知らなければならなくなる

そんなことをしていると、霊を完全にする
成長が遅れてしまい、
これは
創造の意志に反する

一般に
臆病者が自殺するが、
これは
創造の掟を、足で踏みつけることになる。』