今朝、通勤でいつも通る道を歩いていると…。

何本か太陽に顔を向け
大空に向かってまっすぐと
そして
堂々と元気よく
花を咲かせている
向日葵を見た。

その中に
1本だけ背も低く
花も小さい目立たない
向日葵が…。

よく見ると
小さいけれど
他の向日葵に
負けまいと必死で健気に
太陽に向かって
花をさかせていた。

そんな光景を見ながら …。

ボクは
例え無名で数知れない一人であったとしても
常に目標に向かって
一生懸命に健気に
頑張ることが
人を輝かせ
充実した人生になることを
教えられた気がした☆

今朝の何気ないひと時でした(笑)

私の家の近くに「二十世紀が丘」っていう地名があります。

あの有名な梨の二十世紀の発祥の地で、梨の産地です。

家の廻りには、梨園が多くあります。

朝、通勤途中に…。

大きく瑞々しい梨が太陽の光をいっぱい受けながら

健気に頑張っている姿を見て…。

ふと、「桜梅桃李(おうばいとうり)の譬え」を思い出した。

桜は、春に満開となり人の目を喜ばせてくれる

梅は、寒い冬を終え、綺麗な花を咲かし春の訪れに人に勇気を与える

桃は、暑い初夏になんともいえない淡い香りを放ち、人を和ませてくれる

そして、梨は、もうすぐ秋の訪れに甘い実を成らせ、人に充実感を与えてくれる

どれも…。

性格も役割も咲く季節も味も違うけれど

それぞれにそれぞれにしかない素晴らしい個性がある。

きっと…。

自分自身の無限の可能性を信じ

自分自身の個性を素晴らしいんだと自覚し

精一杯生きているからだろうと思う。

私も、そういう人間でありたいと心から思う

今日の何気ない…。

通勤での出来事でした。


先日…。
友人宅に向かう途中で、手作りの“ランプ”を売っている

小さなお店を見つけた。

ちょうど
両手を広げたくらいの、小さなランプ店。

いそいそと歩いていく通行人の多い町の中で
そこだけ時間が止まったように
暖かな光に包まれていた。

光に誘われるように
私はその店に立ち寄った。

お店には
手の平に乗るくらいの
色とりどりの小さなランプが並んでいた。

一つずつ
色や模様が違うランプは
それぞれに
優しさと、暖かみのある
味わい深い個性があった。

私は、興味を引かれ
「お店を始めたきっかけは?」
と店主に聞いてみた。

すると、
店主は、こう語ってくれた。

「今の人は忙しい人が多くて
 友達や恋人、家族といった大切な人と
 向かいあって話すことも 少なくなりました。

 このランプの光を囲みながら
 どれにしようか、どこに置こうかと
 笑顔になる人達を見るのが楽しみなんです。

 ランプを囲みながら、お互いを思い合える時間を
 もてるようになるといいな、と思っています」と。

お店の周りには
いつのまにか、人だかりができて
ランプを買った人達が
皆、互いに肩を寄せ合い、ランプを何度も見返して
語らいながら
嬉しそうに帰っていく後ろ姿が印象的だった。

目まぐるしく過ぎていく日常の中で
ともすると周囲を見回すことも
自分自身の心と語り合うことさえも忘れ
自分を見失ってしまうこともある。

そんな時、このランプが
“あなたは何か大切なことを忘れていない?”と
呼びかけてくれるような気がした。

大切にしているもの。
家族であったり、将来の夢であったり――。
人それぞれ違うかもしれない。

しかし…。
それはその人の人生の中で、自分は何にかけて生きるのか。

その生きる意味にも、繋がっていくのではないだろうか。

そして…。
自分の生きる意味を忘れない人は
いつも心に希望の火を赤々と灯し
輝きながら生きていける。

ふと、立ち寄った半径1mの小さなお店から
流れる暖かな光は…。


私の中にある大切なものを照らしてくれる灯火となり
街の一人ひとりの心にも灯っていくように感じた。