糸を内に入れるという意味で、織物をしまい込む意味になるとあります。
「得」という字の、行人偏は行くという意味。
得のつくりは、見と寸からできており、見は貝を表し、宝物を意味します。
一方、寸は手を意味します。
したがって…。
「得」とは、行って宝物を手にするという意味になります。
(以上、小学館『新選漢和辞典』より)
これらから、納得とは
「行って宝物を手にし、それを内側にしまい込む」
という意味になると考えられますよね。
つまり
納得とは、単に内容を理解するという意味にとどまらず
言われたことについて自分から理解しようと求め
それを宝物のように自分の財産として
心の中にしまい込む
という意味が、あるんじゃないでしょうか?
したがって、相手を説き伏せて
言う事を聞かせたとしても
議論して言い負かせたとしても
相手の心が反発していたら
納得とは言えないことになります。
相手に自発性が生まれてこそ
納得が生まれたと言えるのでしょうね。
では、相手に自発性が生まれるためには
どうしたらよいのでしょうか?
中国の古典『史記』には
「士は己を知る者のために死す」
という言葉があります。
この言葉は
自分の価値を認めてくれる人のためになら
命を投げ出してまでも尽くそうとするものだという意味です。
「諸君が自分自身に対して関心を持つのと同じように
他人が自分に関心を持っているとは期待するな」
とラッセルは言っていますが
人は誰しも、自分自身に一番関心があり
他人は二番目以下の存在と思ってしまいがちです。
そんな人間にとって
他人が自分に関心を持ち、信頼してくれることほど
大きな喜びはありません。
そういった相手に対しては
自分が受けた以上のもので応えていこうとするんじゃないでしょうか?
つまり、納得を生むための第一歩は…
相手に対して関心を持つことであり
相手を正当に評価し、信頼することだと思うんです。
普段から、相手に関心と尊敬の念を込めて
真心を込めて接すればよいのです。
真心ををこめるのに特別な能力は必要ありませんよね(笑。
その気持ちさえあれば今すぐに誰にでもできますよね。
納得を生み出すためには
「まず真心を!」きっと状況は変わるはずです。
なお、真心を込めて接しても、相手に何の変化もなければ…。
キケロの言葉を思い出してください。
「自分は誉められて当然の人間だと考えるところから
数え切れないほどの誤りは生じる。
評判に踊らされた人間は不名誉な笑いものとなり
この上なく大きな誤りに陥るのである」と…。