空気はすっかり秋。
ギラギラした夏の太陽が去り、ほっとしている人も多いはず。
作家・井上靖氏は年を重ねるごとに
あの夏の太陽を指す「烈日」という言葉が好きになったそうだ。
それは…
自身の人生を振り返っての思いと重なっている。
「失意の日も、得意の日も、
それから長い歳月が経つと
すっかり消えてしまい
真剣に烈しく生きた時の思いだけが
いかに小さくても
消えないで残っているようであります」
『四季の雁書から抜粋』
烈しく何事かをなそうとした気持ちだけが
生きた証しとして命に刻まれたという。
烈しく生きる――。
それは…
浮き沈みの派手な生活や
感情の起伏に左右された人生のことではない。
むしろ…
静かに、忍耐と不屈の炎を胸に燃やして
まじめに、真っすぐに、信じる道を歩き通すことなのだ。
“烈しく生きる道”を持てる人は幸福である。
その情熱が、悩みを燃やし、後悔を燃やし
見栄など焼き切って、人生の希望を照らし出していくのだと信じている。
「今生人界の思出なるべき」とは
自他共の幸福を願う日々を忘れさえしなければ
きっと…
永遠に消えない、自身の生きた証しになるのではないだろうか。