ドリフォリーのことを書いた『テトラビブロス』の項目を検討しています。
IV-3の部分です。

ロエブ版のIV-3の(2)です。

2)そしてもし、その付随している惑星そのものがアングルにあるか、上位のアングルとの間にアスペクトがある場合、生まれてくる子供たちは偉大で力強く、世界の支配者となる。そして、付随する惑星がデキスター・アスペクトの関係にあるならば、さらに幸運となることであろう。

ラテン語からのダイクス訳
ダイクスは、ギリシャ語版を参照しながらラテン語版を訳しているので、かなり表現が豊かです。
(2) 

上記の「付随している惑星・・・」(L)の部分が、
「それら取り巻く星々・・・」(D)とあります。微妙なニュアンスの違いですけれども。
「アングルにある」(L)からの部分は、
「アングルに現れているか、地平線上に現れたアングルとチャート上で親和性を持っていたならば」(D)と、なっています。
ロエブ版は、ここで随分と省かれていることが分かります。

「付随する惑星がデキスター・アスペクトの関係あるならば」(L)は、
「星々が右側で取り囲んでおり、地平線上に現れるアングルと結びついていたならば・・・」(D)
となっていて、どちらも初心者にはかなり難しい表現になります。

つまり、ドリフォリーとなる惑星に対して、ASCにドリフォリーとなる惑星があるなら、MCか9ハウスに、MCにドリフォリーとなる惑星があるなら、DESCか、時にはMCが9番目のハウスにあるなら5ハウスにある惑星がアスペクトしていれば好条件だよと述べているわけです。

こうやって見てくると、ドリフォリーというのは、別の場所で参照される「名声を得る」とか、「繁栄をする」といった事柄と関連はしますが、必ずしもそのことを念頭に置いているのではない、と考えられます。後の検討にもあるのですが、「幸運はさらに増し、繁栄することとなる」なんていう表現がここで出てくるので、ドリフォリーは “繁栄に関係するに違いない” という結論になり易いのですが、どう考えてもそうはなりません。

私が述べるように、大雑把にチャートを判断する前振りみたいなものだと考えられます。

それは、最初の大雑把な判断で、名声が得られる、繁栄が約束されるなんて、簡単には言えないからです。

ルミナリーズのドリフォリーは言うことなく繁栄や幸運を示し、そうでないドリフォリーを持つチャートはどこからか助けが得られ、ドリフォリーの無いチャートは、ちょっと人生での体験が激しいものになるよ、でも、成長のチャンスは多いよ、みたいな感覚であろうかと思います。

このような定説はまだ無いのですが、おそらく人生での運 ⇔ 不運のグラデーションのようになった人生全体を統合した状態を、ザっと見るようなものなのでしょう。20世紀初頭にマーク・エドモンド・ジョーンズ(Marc Edmund Jones 1888-1980)が定式化した、チャートの形状分類・分析とも異なるものです。ずっと昔からあるものです。

マーク・エドモンドのチャートの形状分類で思い出しましたが、これがまた何とも厄介で、自分のチャートはどのような形状になっているのか皆目見当も付きませんでした。それで、モダンな占星術で挫折したのを覚えています。今では、チャートの形状なんて一人一人違うので、分析不可能だと考えています。

同じように、セカンダリー・プログレッションを現代の解釈方法で機能させると、アセンダントが蟹のサインの人は、月があまりにも早く動くので解釈不能になります。「いや、月も太陽と同じように進ませればいいのですよ」という見解では、プライマリー・ディレクションと大差なくなります。

つまり、西洋占星術の法則というのは、「極端な場面を想定しても解釈可能になる」、ということが必要最小限の条件になると考えるわけです。実際、セカンダリー・プログレッションを考案したプラシーダスは、プライマリー・ディレクションの補助として、太陽と月にだけ当てはめたのです。太陽は一日一日で動き、月は新月半月満月半月といったような、週間や月間を表してくれます。