今日は、子どもたちとお団子作りをしました。
みんな、意欲的に取り組んで、色んなお仕事を、話し合いながら作業。
なるべく子どもたちの意思を大切に、子どもたちの決定を待って、それを大切にして物事をすすめたいと思ってすすめていました。
ただ、今、スペースは高学年不在で、一番多いのが3年生。その上下の学年と、1年生数名での作業となると、取り仕切るメンバーがいないんです。
わたしが指示すべきところはしていたのですが、同じ作業を複数名でするとき、「やりたい」気持ちがはやって、順番や回数で争いになります。
高学年がいると、何回ずつにしよう、とか順番はこうやって決めよう、とか、合理的で平等なアイデアを提案してくれるのですが、まだまだ経験不足の今日のメンバーには、それは少し難しく、わたしが介入させてもらって、最後の決定する場面を子どもたちに任せる、などの工夫をしながら、みんながみんなのためを思えるには…って考えてサポートしてました。
バタバタしてましたが、わりとうまく回りだして、さあ!食べよう!の1歩手前…
それぞれのお皿に団子を取り分けるという段取りになったとき…
出来上がって美味しそうなおやつを前に、理性的になれる小学生ってあんまりいないですよね(^o^;)
もう「我が」「我が」って押し合いへしあいで、配ってくれる役割メンバーもいたのですが、それぞれが「○個入れて」とか「ヨモギはいらん!」とか好きに言うもんで配る子もワケがわからなくなって…
同時にわたしもマイナス感情ゲージがドカン…と-4くらいかな…はね下がってしまい…
「もう、ホッピーが配ってもいい???💢」(-4)
「みんな、自分の好きなものばっかり言うたら、配る人ワケがわからんようになるだろ??」
「こういう時は、まずお皿をならべといて、同じ数を入れてからいらん分は減らしたらいいんよ💢」
「自分だけ欲しいもの食べれたらいいんじゃなくて、他の子のことも考えて!」
と…
久しぶりにクドクドタイムをやってしまいました…
少し間を置いて、色んな案を考えました。
合理的で平等なアイデアをわたしが始めから提案しておけばスムーズだったかも、とか
最初からわたしが配ることに決めておいたらよかったのかも、とか
全部子どもに任せておいて、数のことでケンカする経験をしてもらってもよかったのかも、とか
そもそも事前の段取りをもっと丁寧に話し合っておけばよかった、とか
うんうん。
これはこれで、次の機会に使える部分があるかも。
でも、まず、今日、子どもたちが帰るまでにわたしができること、やっておきたいことは、
これでした。
↓
「お団子配った時のお話ししてもいい?」(「いいよ」のお返事もらう)
「お団子配るとき、ホッピーはみんなが、自分のことばっかり考えてお友だちのことなんかどうでもいいって考えとると思って腹が立ってしまったんよ。いやらしい(意地悪な)言い方してごめんよ?」
って子どもたちに伝えること。
これを伝えたら、急激にモヤモヤがなくなって穏やかに。
それに、
「いいよ、オレもそういうことあるし!」
なんて、勇気づけられる言葉をかけてくれる子も。
う…ありがたい…
マイナス感情を使って行動してしまって、子どもたちと距離を作ってしまったけど、なんとか元の位置に戻ってこれた感覚。
よーし!明日も仲良くなるぞ!って勇気がわいてきました。
もちろん、今考えると、謝ったあとに子どもたちの考えていることをもう少し聞けばよかった、と改善案が湧いてきてます、
ああ、
今夜も、パセージ39-L、最後の2文の
「また、ただ1つの解答があるわけではありません。今しているよりも、もっと勇気づけの力の大きい別の代替案があるかもしれません。ですから、いつも工夫していなければいけないのです。」
が胸に染みます…
最近、夜は読書がはかどっているので、何種類かお茶を注文しました。
夜ののんびりタイムも大切にしよう。







