年末年始のお休み時に、これまでアドラー心理学を学んで記録してきたノートの整理をしていました。

野田先生が徳島に来られて講演してくださった時のメモもたくさんあったのですが、
久しぶりにその言葉を見て衝撃的だったのでblogに書いておきます✨

「できないことはない やりたくないことがあるだけ」

ひえ~~~~~~✨
アドラー心理学ぅ~~~~~✨

そう…
全部自分で選んで決めてるんですよね…(個人の主体性)
自分の置かれている環境を全部自分で意味づけて…(仮想論)
やらなくていいように怒ったり悲しんだりする感情を使ってるんですよね~~~(目的論)

できない理由なんてなんぼでも作れちゃう…

これをつきつけられると、1度はガクっと膝をつくんですが(笑)
「…へへっ…やるか!💪」
って勇気がわいてくる状態なら
わたしには能力がある💪
人々は仲間だ💪
っていう信念を持てているんだろうな
(いっしょに学ぶ仲間のおかげです✨)

この一文読んで思わず笑ってしまい、今いやだなって思ってることに取り組むことに決めました(^o^;)


自分の課題に向き合う勇気は、ひとりではなかなか持てないですよね。
ぜひアドラー心理学を学ぶ自助グループで勇気づけのシャワーを浴びて欲しいな✨(^o^)🚿✨

写真は1月の自助グループの様子✨
この日もおおいに笑い語りました✨


シェアさせていただいたblogの記事にある出来事は、本当に保育の現場では毎日のように見られる場面ですよね~

悪者はどこにもいないんですよね(^o^)

わたしも、この夏休みに何度か目の当たりにしました。
わたしがやってみたことのある方法はこんなんでした(^o^)

「貸して」って頼んだのに貸してくれなかった、と訴えてきた子ども。

まず、その子がわたしに何をしてほしいのか聞いてみます(^o^)

もし、相手を叱ってほしい、とか、叱って貸すように命令してほしい、とかいうお願いだったら

「ホッピーは、誰かに命令して言うこと聞かせることはしたくないので、それは手伝えません、ごめんね」と断ります。


それで、訴えてきた子どもの話をもっと聞きます。
どれだけ欲しいのか、とか、それを使ってどんなことがしたいのか、とか、貸してくれなくてどんな思いでいるのか、とか。色々。

その上で、今やった方法(貸してって言う)は、すんなり貸してもらうにはどうもあんまりうまい方法でなかったみたいなので、違う方法をいっしょに考えてみるというのはどうか?と提案します。

そうすると、子どもたちが、
違う物と交換できるか頼む、とか
もっと可愛い言い方をする、とか
色々考えてくれます。

子どもの感情もマイナスでなくなっていたら、すごく嬉々として考えて提案してくれるんですよね、可愛い(^o^)
それを実際相手にやってみて、相手も面白がってくれたり、やっぱり貸してくれなかったりしますが、貸してくれなかったらまた戻ってきて作戦の練り直しを楽しんでくれます✨素敵やね✨


マイナスの感情がおさまらない時には、
「怒ったまんまだと、ケンカの話し合いになっちゃうから、あんまりいいこと起きないと思うんよ~怒ってる気持ちがなくなって、普通にお話しできるようになったら、もっかい考えてみいへん?」っていって感情を感じてもらったり、おさまるよう気をつけてみてもらったりします。

(わりと、早く「もう怒ってない✨」って普通の顔になることが多いです(^o^))


このプロセスがね、わりと手間隙かかるし、コツコツ大事にすすめていきたいところなんだけれど、すごく楽しいです。
子どもたちといっしょに、コツコツと積み木を積み重ねて面白い造形物を創っていくような感覚があります。



もちろん、いつもうまくいくわけではないし、
いつも上記のパターンで対応するわけではないし、
子どもによって、日によって、全然違う対応をすることもあります。

全然わかんないという方のために、ひとつの例として、こんなことしたことあるよっていうつもりで、そして自分の実践メモとして書き残しておきますね(^o^)

今日はアドラー心理学を学ぶ先輩の澤田裕子さんにお声かけいただいて(ゆうこさんのblog)

水野美津子さん=みこちゃんの早期回想ワークショップに参加してきました(^o^)✨(みこちゃんのblog)

早期回想ワークをすると自分の強みや、もう持ってるものが見えてきて、今取り組んでいる課題にどう生かして問題を解決していくかの指針を「自分で」たてることができるな~~~というのがわたしの早期回想ワークに対する感覚です✨
過去にも何度か経験したことがありますが、とっってもおもしろくて大好き!

早期回想については私も勉強中なのでお伝えできることはこれくらいなのですが(^o^;)ゴメンナサイネ


大阪からの帰りのバスの中で、アドラー心理学をグループの中に入って学び始めた頃のことが思い出されて懐かしくあったかい気持ちになってました。

わたしがアドラー心理学をグループで学んだのはSTEPという親子プログラムが最初で、ティーン向けのSTEP Teenも含めると片手で収まらないくらいの回数コースを受けに大阪に通っていました。

その頃お世話になったのが、今は亡き松木リーダーで、実践はするものの、なかなかそれまでの考え方から抜け出せず、失敗ばかりで自分を責めていた私を、朗らかにお日さまみたいに勇気づけてくださいました。


今日、松木さんの言葉で思い出したのは

私が失敗した話をして、
「どうしても変えられないんです!」とか
「子どもにはできてもあの人には無理なんです!」
とか訴えると、

「今はね」
って付け加えてくださったこと。

当時は、なんの意味もない言葉だと感じていました。

でもね~~~今となってはなんてなんて信頼に満ちた言葉だったんだろうと感謝の気持ちが溢れます…

そういうやり取りを繰り返すうちに
「あっ…そうですよね、「今は」できないけどいつかできるようになるかもですよね」
って、変わる勇気を持てるようになったんですよね…

そして「あれっほんまにできるようになってるわ…!」って体験をして、自分の成長を実感したら、「今は」できない、けどそうしたいならできるようになる日がくる!(かもしれない)(そしていつかはわからない)っていう()(カッコ)つきではあるけど、自分への信頼=私には能力がある!って信念を獲得できたんですよね…

そして、ともに学ぶ仲間もそうだ!って思えるようになりました。


これって、勇気づけのために、わざわざ作って出してきた言葉じゃなくて、
経験して、心から自分や仲間を信じることができるから出てくる言葉なんやなあ~~と、感じられて、倍感動してます。


アドラー心理学は一人だけでは学べないなあ、と仲間といっしょに学ぶたび思うのでした。


写真は今日食べた美味しいものです😋
ワークショップのあとの懇親会にて✨





先日、結婚20年を祝って、記念に夫婦で淡路島まで一泊旅行に行ってきました。

家から1時間ほどの近場ですが二人でのんびり歩いたり美味しいもの食べたりいつものとおりおしゃべりして過ごして楽しい旅でした。


パセージのテキストの副読コーナーに
夫婦が家族の軸だよ、というお話がのってます。
子どもといっしょに家族で遊ぶ前に、夫婦ふたりで遊べることが先ですよって言ってます。

「夫婦が遊ばなければいけないのは、夫婦は、お互い同士、勇気づけあって生きていくものだからです。一緒に遊ぶことさえできない夫婦は、一緒に困難を乗り越えるだけの力を持っていません。」と。

パセージを受講する前から、夫婦仲良くいたいし、その努力はずっとしていきたいって思って暮らしてきました。
きっと幼少期、私の両親が仲良くしているのを見て本当に幸せに感じていたからだと思います。

アドラー心理学を学んだ後は以前よりずっと関係がよくなり、毎日信頼を積み重ねている感覚があります✨
私たち夫婦は、仕事の都合上、夫は月の2/3は船の上。家で家族いっしょに過ごすのは月10日ほどです。
家族や友人に、夫婦仲が良いのは「離れて暮らしてるからだよ~」「たまに会うから優しくできるんでしょ?」
って言われます。

それを言われると私は「カッチーン☆」と頭にきてました。

(私たちふたりで仲良くいられるよう努力しとるんじゃわい💢)

って。

でも、「仲いいよね~離れてるからだね」を聞く度にイライラするの疲れるので、やめたいと思いました。

それでこのマイナス感情の目的を考えてみたんですが、
私は「自分のがんばりや努力を認めてもらいたい」のかなって思いました。
仲良く暮らせるようにパセージの実践をしたり感情を使って相手をコントロールしないよう努力しているのに、「離れているから」うまくいってるって思われるのは不本意、自分のがんばりを認めさせたくて不機嫌になったんかなって。

そうやって感情の目的がわかったら、
「夫婦の間の努力は全員に見えるものでないし、がんばってるのがわからなくても当然やな~」
「相手が間違ってると思いたいけど、相手が間違ってることのどこがアカンのかよ」
「仲良いのはみんな見てわかるんやし、実際仲良しなんやからそれでええわな」
ってストンと思えるようになって、楽になりました(^o^)

「悪いあの人」「間違っている相手」「正しいのはわたし」をやっていても何もならんものですよね。

乗れと言われてもないのにグイグイ乗ってた土俵から降りることができました✨

にしても、私たちが仲良くやっていけるのは夫の力が本当に大きいです。
彼は目的のためにマイナスの感情を使わないんですよね~いつもヨコの位置にいてくれます…尊敬…


本当にうなづいた記事です✨

わたしもこどもがゲームにハマることを恐れて、ゲームを悪者にしていたのですけど、

なんとなく、ゲームをする子どもを見る自分のまなざしがとても意地悪なことに気づき…

(こんな顔をしたお母さんがそばにいて、「自分には能力がある」「お母さんは味方でいてくれる」なんて思えないよね)って思ったのでやめました。

どんなところがおもしろいか聞いたり、画面を見せてもらったり、わたしもゲームをする子どもとほどよい距離を取れるようになりました。

16さいと20さいになる息子たち。
やらなければいけないと思ったことはしっかり責任もってやれる人になっているし、ゲームは好きだけれどゲームにふりまわされているわけではありません。
友だちと学校生活を楽しみ、会って話をすることを楽しみ、家族に色んな話をしてくれます。

ものごとの悪い面を見ていても問題の解決にはつながりにくいものですね。

使える素敵な部分を探していきたいな。