待つ

待つことができる

って、素晴らしい能力だなあと思ったんです最近。

夏休みですごく忙しくて、ひとりひとりに同時に協力することができなくて

「ちょっと待ってな、これ済んでからな」

って待ってもらうことが多いんですが、ちゃんと待ってくれてブーブー言わずに協力してくれる子どもたちに感謝しかないです。


待つことができる人の心の中って

自分が待てば望む結果につながる

自分が待つことで仲間に対する協力となる

という信念があるんだろうなあと。


そういう前向きで建設的な信念を持つためには、これまでに

待ったら望む結果につながった

とか

待つことでまわりに貢献できたって感じられた

とかいう経験をしてきたんだろうなあと思います🤗きっとおうちの人とかお友だちとか関わる人に勇気づけられてきたんだろうなあ✨


勇気づけって本当に人と信頼しあえる人を作っていくなあ✨と

感じてね🤗


毎日疲れて、

はいはい

はいよ

ってテキトーな返事していることを反省(^o^;)

こんなテキトーなホッピーに待てと言われてニコニコ待ってくれる子どもたちには、もっともっと感謝の気持ちを伝えていきたいなあと❗

思います❗



お盆からしばらく雨続きだったけど、今週はお天気やし暑さも緩んだので、ザリガニ捕り三昧です🦞


わたしは小3から中2まで、父の仕事の都合でインドネシアに暮らしていました。

わりと大きな街だったので在住日本人も多くて、日本人学校に通っていました。

なので、インドネシア語は習得できないまま帰国し、これといって日本の、徳島の子どもと変わらない生活をしてきたなあと思っていました。



でも、進学して社会人になって母親になって、新しい友だちができるたびに、帰国子女だと言うと

「やっぱり!」

「なんか違うと思ってた!」

と言われることが多いです。


最近、何が違うのかわかってきたような気がします。


日本人学校へ通い、日本食を食べて、自分の家族と暮らしていたので、徳島の子どもと同じだと思っていたけれど

そりゃ違うよね。

1歩外へ出たらインドネシアの人が歩いているんだから。しかも圧倒的多数。

聞こえてくる言葉も全部インドネシア語。

見るもの聞くもの動いているものすべてインドネシア文化だったんですよね。

日本から出たことのない子どもには経験できないものを見聞きし食べて経験してきたんですね。


それに、日本人学校での生活も、日本各地から集まった子どもたち。

同じ日本でも地域によって少しずつ文化は違います。徳島だけで過ごしている人より、ずっと違う方言や文化習慣に触れてきたんだなあって気がつきました。


経験が多いと何が起こるかというと

びっくりしなくなる

ことがあるかなあと思います。


そういうこともある、と物事を理解するのが早いということもあるように思います。


知らないことは怖いことに感じることがあります。

それが少しだけ少ないのかなとも思います。


人がわたしを評価してくれるのに

「動じない」

「頼りになる」

といってもらうことがあるのですが、それはびっくりし(て動揺し)ないからなのかなあと思います。



とにかく、

本当に貴重で素晴らしい子ども時代を送れたことに、感謝してもしきれません。

本当に幸運なことだなあ~🤗


子どもの時、そのときに感動を伴う経験をしなくても、その経験が人を(ライフスタイルを)作るんだな~~。と思うと、子どもたちにすぐに結果はでなくても、結果につながることなんてなくても、観るだけでも聞くだけでも、この世界の物事を知ってもらう機会を作りたいなあ~と思いますね。


インドネシアの日本人学校のグラウンドにあった火炎樹です。
ちょうど花の時期の写真。
このあと巨大なさやえんどうみたいなのが木からぶら下がって、サヤが真っ黒に熟したら枝から落ちるので、それを刀にしてみんなでチャンバラしてました⚔️(めっちゃ痛い‼️)



向こうにはやたらと中華料理店や中華雑貨など中国系のお店などがあって不思議に思っていたのですが、中学校で華僑という存在を学び、点と点が繋がったのも経験から学んだことのひとつです。
先日、仲間のみなさんとオンラインでお話し会をした時、先輩の「わたし(の目的)は、争いのない世界にしたいのよ」っていう一言に、改めて撃ち抜かれました✨

学ぶうちに、言葉だけに重きを置いて、「共同体感覚」を養おう、大切にしよう、とか言って実践していたけど、
そもそもの目的は、争いのない世界にしたいってところだよなあ~~って思い出しました。

なんか、
共同体感覚をもった人間に「なれてる」「なれてない」
競合的になってる、なってない
協力的な考え方ができてる、できてない
って、○か×か、とか、自助グループで認めてもらえるかどうか、外からの評価に頼るところを目的にしてしまいがちだなあ~(わたしは)って気づきました。

結局アドラーを学ぶ前と同じ、可否や合格不合格をジャッジする世界にいるなあ~

なんのためのアドラー心理学の実践か。
争いのない、みんなが協力して暮らす世の中を作りたいと思ってたんだったよ~~🤗

パセージで何度も何度も振り返って必ず帰ってくる1-Lの子育ての目標。
同じように、忘れずにいつも心に持っていたいなあと思いました。

友人と歩く山登りの道中、気づいたんだよ~~✨

やっぱりわたしにとって山歩きは瞑想だな~~✨
今日はとくしまの仲間のみなさんとオンラインお話し会でした。

最近、負の感情についての捉え方を自分で整理していたのですが、同じように負の感情について考えていたメンバーがいて、負の感情の取り扱いについての話をしました。

アドラー心理学を学ぶと、
負の注目をしていると勇気づけできないよな~、とか、
負の感情を使っても目的は達成できないしね、
とか、なんとなくわかってきて、
負の感情を悪者にして、
「負の感情は使っては『いけない』持っては『いけない』」
に自分で変換しちゃうな~って思います。
わたしは『負の感情は持ってはいけない』って自分に言い聞かせて実践してました。

それで、負の感情がわいてきたら
「また怒ってしまった」とか「また負の感情を使ってしまっった」「わたしはダメなやつ」とかって、自分で自分の勇気くじきをしてました。


今は、
負の感情は、(わたしは怒りをよく使います)自分の大切にしていることがらがわかる指針だな~って思うようになりました。

「○○することを大切にしているから怒りを使って守ろうとしたんだな~」とか
「○○するのが好きだから好みに合わなくて怒ってるんだな」
とか、整理できて
「まあ、怒っても解決しないから○○を守るためのもっと協力的な方法を探そう」って、冷静に筋道立てて考えられるようになりました🤗

そうすると、負の感情を使わなくてもよくなるのて、しゅるる~ってしぼんでいって、怒りも長続きせず、精神的に安定して暮らせるようになりました。

それで、自分の負の感情に気づいても向き合うことができるようになってはいるのですが、
自分をごまかしてしまうことがあります。
それは、「負の感情」か微弱だった時です。

『いや、わたし、怒ってないですよ、もうすぐに怒ったりするような未熟者じゃありませんし』

って心のどこかで自分に言って、自分がアドラー実践者として優秀だと主張したくなるんですよね。
(優劣ってどうやってつけるのかよ(^o^;)って自分でつっこんでしまうけどそういう気持ちがあるのはたしかです)
それって微弱な負の感情に気づいて「これはマズイ」って劣等の位置に落ちてるんでしょうね(書いててわかったわ)
微弱な負の感情をなかったことにしようとしちゃうんです。



電気が流れるのを測る機械の、針が揺れる様子を思い出してもらえたらわかると思うんですが、
学ぶ前、学び始めの頃は負の感情ガンガン使ってたので、針がブンブン振れて、わかりやすかったんだけど、
学びが深まって、ライフスタイルも緩んできて、柔軟になってくると、まわりの人との関係も良くなってそこまで針が大きく振れるような出来事がなくなってくるんですよね。

そして、
「わたしは学びを深め実践したから、もう負の感情を使うことなく暮らせている」
「アドラー実践できててすごいでしょ」
みたいなおごりというか、タテ関係の気持ちを持ってる気がします。
それにやっぱり「負の感情は悪いもの」っていうのがあるんだろうな。

それで、自分の中に微弱な負の感情があるのに気づいて、
「こんなことで負の感情を使ってはアドラー実践者として立つ瀬がない、カッコ悪い」
なんて、焦って、劣等の位置に落ちて、なんとか這い上がろうと、その感情を見て見ぬふりするんだろうな~~~
って思います。


この事に気づいて、小学校の理科の実験で使った電流の流れるのがわかる計測器が、すごくイメージにぴったりだったので、心の中に置いておくことにします🤗


微弱な針の振れでも、『負』は『負』。
しっかり向き合って整理して、自分の目的を理解して自分のため人のために行動したいなあ~。

ライフスタイルを持ってる人である以上、劣等の位置に落ちないことってないし負の感情を使おうとすることはあるよね~~
ぐらいの
軽い感じで自分にも人にも優しく受け止められるようになりたいなあ。


ツラツラと書いてしまった。
まあ、今自分の考えてることの覚え書きです。


写真は冬休み保育の雪の日の子どもたち。
嬉しくて嬉しくて、もっと降れって天に祈るのためにみんなで手を繋いでいっしょに歌っていました。
これって、共同体感覚からの行動なんちゃうかな~って思って。

大昔の雨乞いってこんな感じかな。
みんなで協力して天に祈りを届けようとしたのかな。
なんて、思うとなんか嬉しくて感動して胸いっぱいになって眺めていました🤗
本年もよろしくお願いします✨
今年も息子と眉山に登り、初日の出を拝んで山頂の剣山神社にお詣りしてきました。


高校生の息子と友だち。
いっしょに歩けて幸せです。

ほうかごスペースホッピーは年明け4日から、4日間の1日冬休み保育です。

家でもない、学校でもない、もうひとつの居場所。
今年も、安心していられるスペースとなるよう運営していきたいと思っています。