引っ越しても、今はオンラインツールのおかげで、地元の自助グループの勉強会にも、全国展開している講座にも参加できるし


「どこにいても学び続けることができるニコニコ


と、喜んでいましたが


わたしは


「どこにいても学び続けなければいけない物申す

と自分に言い聞かせていたみたい。



宮崎に来て3週間。

おばあちゃんのデイサービス施設も決定したし、

そろそろ以前のように定例の勉強会にもオンライン参加できるし✨

県外の仲間のみなさんがやってる自助グループにもオンラインで参加できる✨


って思ったのだけど


なんだか心が重い真顔


なんでかな~~~

わたしは何から逃げているのかな~~~


と、なんとなく自分の弱さとか意欲のなさを責めていたんだけど


お得意の自分へのプレッシャーかけ だなこれは。



「学び続けなければならない」

「成長し続けなければいけない」

「何者かにならなければいけない」


そういう強迫めいたプレッシャーをかけてしまう

そこには

人より優秀でありたい、とか

常に良くなりたい、とか

向上心とか優越感とか色々持ってるんだろうな~~~驚き


けど、なんか、「心が重~いのに無理して勉強するのやめよう」って決めたら

ちょっと体がゆるみました✨


とりあえず

知らない土地で

介護してるだけでも

よくやってるんだから!

保護すべき相手がいることって、本当に緊張続き。

心から安心して過ごすにはもっと生活リズムつかむために時間が必要だよ!


それに

この宮崎滞在のテーマは

「人生のバカンス✨🌴🌺✨」


休むのが苦手なわたしが

今が休むチャンスと思ってガラっと環境を変えたのだから

しっかり休んで遊ぼうよニコニコ


……って自分に改めて声をかけました✨


学ぶことは好きだけど、

ずーっと続けなくていいし

今じゃなくていいし

そんなことは自分のさじ加減で決められるし

人にも自分にも評価されることではないんだよ~~✨


今は自分の心が楽で、安心して過ごせることを優先しよう~✨ニコニコ


と、自分の中で色んなことに整理がついて楽になったので

しばらくのんびり好きなことだけして暮らそうと思います~よだれ


写真は、今夜の晩ごはん。
夫と食べに行ったお店の地頭鶏の炭火焼きです✨超美味しかった~~✨よだれ




おばあちゃんを担当してくださるケアマネさんが見つかったんだけど、県外から転入してきたわたしたちとは、新型コロナ感染防止の観点から、10日間はお会いできないそうで……

まだ介護プランについての相談ができずにいます。

介護の話は先に進められない、として

手続き関連は全部終わったし、部屋の片づけもあらかた終わったし……


気づいたらやることがなくて……


暇……


介護の経験のある方はわかるかな、と思うんですけど、ずっと側について見守らなければならないものでもなくて、

ばあちゃんが、ひとり部屋で休んでいる時はわりと自由です。

でも、留守にして長時間出かけるということはできないので、食材や生活用品の買い出し以外は基本、家にいます。


アニメ見たりコラージュ作ったりゲームしたり推しの雑誌見たり、とわりと多趣味なのでやることはあるんだけど


(ばあちゃん以外の)だれかと話がしたいな~~

という気持ちが沸いてきます。


徳島の友だちに連絡しようかな、とも思いますが、みんな仕事で忙しいしな……



と思った時に思い出しました。


なんでもない時にある友だちがハガキを送ってきてくれたこと。


彼女は当時、療養中で仕事に行かず家で家事をして過ごしていたと思います。

だんだん元気になっていた頃ではあったけど、まだ仕事をする、というところまでいってなかったと思うんですけど、


なんとなく、今のわたしと状況が似ているんだろうな~と思います。



ハガキをもらった時は、「なんで?」「近くに住んでるのにわざわざ?」なんて思っていたけど

彼女が自分の生活を創り出したかたちだったんだな~と思います。


後に直接会ったときに

「暇で暇で、誰かと話がしたくて、スーパー行っても自分から話しかけそうだった」って言ってました。


今、彼女の心で感じることがやっとできるようになりました。

あの頃もっと彼女を理解しよう協力しようと努力しなかったことを後悔しています。


アドラーの言葉の


相手に目で見て、相手の耳で聞いて、相手の心で感じましょう 


は、心がけているつもりだけど、その人を本当に尊敬のまなざしでみつめていないと感じられないなあと思います。



早速、その彼女に連絡したら、電話をくれました。

とても嬉しい時間でした✨



昨日、休憩に少し帰宅した夫のおみやげ🍰ニコニコ

日向夏のチーズケーキ🌞
日向夏だいすきなので嬉しい💕


「おばあちゃんと同居して、介護をしている」というと、大抵みんな誉めてくださいますニコニコ「ありがとうございます💕」


いつもご機嫌で楽しい介護生活というわけではないですけど、

そんなに「大変じゃ驚き」とも思わないのは

わたしが自分の課題を自分でしっかり把握しているからかなあ、と思います。



介護とか、保育とか、誰かの支援をするお仕事をしていて、しんどいな~イライラするな~と感じるのは

「こうしてあげよう」「ああしてあげよう」

「もっとこの人を喜ばせてあげよう」

と思って行動したり

その行動をすることで求めている結果を得られなかったり(あんまり喜んでくれんかった、とかね)

する時かなあと思います。


(支援の関係って支配的関係に陥りやすいですよね)


その人が困っていることを解決できるよう手伝ったり、

今、困っていることがないか聞いたり観察したりすることは、とっても大事だと思って行動していますが


「喜ばせる」必要はないと思っているので、

優しい、といういうわけではないと思います。

どっちかっていうと結構「ドライ」に介護しています。

(保育の時もそうでした)

喜ぶかどうかはお相手の課題、その人が必要なお手伝いをすることがわたしの課題。


相手を「喜ばせる」ために楽しい催しをするのじゃなくて「自分も楽しみたい」時に何かやろうって相手と考えるようにしてました(保育の時とか)

そうすると対等な関係でいられるかな、と思います。


しんどい時はもちろんあるのですけど、それはどんな仕事をしていても同じですし、そういう時はどんだけ「おもしろがれるか」にかかっているなニコニコ

それから、どれだけオープンにまわりの人とコミュニケーションをとって助けてもらったり助けたりできるかニコニコ協力者の存在は本当にありがたいですね✨



シンプルに、ドライに考えたら、まあ、ご機嫌でいられることの方が多いんですよね。


この人のために~✨っていう優しい気持ちを熱く持つより、

『自分が今何をしたら、この人とまわりの人の助けになるかな?』

って冷静に観察したり考えたりした方が、やるべきことが見つかりやすい気がするし、まわりも気を遣わずにスムーズに事がすすむ感じがします。




考えを整理するために書きました

今日は、つハンガーラックが届いたので組み立て。
気になる床置きが解消されてスッキリ✨

普段はフェリー乗船勤務している夫が、この3年間は宮崎県の会社勤めのお当番が当たったので、おばあちゃんと猫連れてわたしも宮崎ライフ始めましたニコニコ


夫のおばあちゃん(95)とはもともと半分二世帯の住居で同居していて、

おばあちゃんが2年前に寝込んで認知症が進みだした頃から介護を任せてもらっています。


徳島の家でいた時は、2階と1階という『距離』があり、関わるのはごはんを持っていく時(食事は別)、病院に連れていく時、呼ばれた時に見に行く聞きに行く、という感じだったのですが、


宮崎に越してきて、2DKのアパートで同居するとなると、ごはんもいっしょやし生活のほとんどを共にして過ごすことになりました。



そうなると、今まで『距離』のせいで見えてなかった、おばあちゃんの状態が詳細にわかり、もっともっと介護が必要だったことがわかりました。

今までほったらかしだったな~申し訳ないな~って後悔。


認知症と、身体能力の衰えが、わたしの思っている以上に進んでいて、何をするにも介助、見守りが必要な状態でした。


徳島の家では、デイケアに行く以外は、ベッドで寝っぱなしだったのですが、動けなかっただけなんだな~。



宮崎で、夫とわたしと3人で過ごすようになってから、介助する家族がそばにいるため、ヨタヨタしていますがイオンに行ったり外食したりして、刺激があるせいかとても元気やしよくおしゃべりしますニコニコ

いうてももう人生の終わりに差し掛かっているのだから、楽しいな~嬉しいな~と思いながら過ごしてほしいです。



それとは別に、やはり認知症のおばあちゃんと話をしているとイラっとしたりモヤっとしたりすることもあります。

こういう時は自分がどうしたがっているか、何を大事にしているのか観察します✨


イラっとするのはたとえばこんな時。


今、目の前で青椒肉絲を食べたのに、数分置いたら「こんなん食べてない」という。とかね。

高齢者の「モノ忘れ」なんですけどね。


「ウソつくなよ💢ちょっと不満💢」

ってわたしのライフスタイルが反応してしまうんよね。


あと、イラっとしてしまったのが、

「昨日、隣の敷地に家が建っていて、中にスラッとしたおばあさんが立っていたけど、昨日のうちに家を壊してしまってなくなった」

という、「せん妄」なのかな?

高齢者のせん妄はよく聞くし、怒ることではないってわかってはいるものの、聞いた瞬間は


「ウソつくなよ💢ちょっと不満💢」

って反応してしまう(笑)


まあ、ようするにわたしのライフスタイルのひとつに

「ウソをつくべきではない」

「誠実に真実に生きるべき」

みたいなのがあるんだろうね知らんぷり


自分のクセが大体わかってきたら、イラっとする状況がきた時

脳内MCが現れて

「はい❗指差しやってまいりました❗わたしのキライなやつ❗です❗これ❗指差し

って、ナレーションしてくれます。

ちょっと遊ぶ気持ちも持てるようになると怒りもおさまりますねニコニコ


まあそんなこんなで介護ライフも自分の成長だと思って取り組みたいなと思いますひらめき




先日、日本アドラー心理学会主催で、『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎先生の講演がありました。

オンライン(zoom)で参加できる、現代ならではの開催でした。


お話しを聞いて、ますます、アドラーで暮らそう~✨実践しよう~✨と勇気を持てました。


成功は=(イコール)幸福ではない

というお話し。


とっても響いたのは、

「今日という日のためだけに生きる」というお話し‥‼️


もし~~だったら…

と、何かの実現を「待って」いても、いつまでたっても幸福はこないよね


だから、今ってみんな「コロナが終わったら、~~しようね」って言うけど、じゃあ今をどう生きるのか、と。


先のことを心配したり、未来に期待したりするのじゃなくて、今を生きることで幸福を感じられるように生きようという風にわたしは受け止めました。



それで思い出したんですが、

少し前に、自助グループのオンラインお話し会の中で


「テレビを見たいというけれど、目が悪くなるのが心配」

という話題でみんなで話し合ったことがあります。


その時みんなで

先の心配もあるけれど、それよりも

「今」親子で、勇気づけあえる関係をどう作るのか、ということに焦点をあてて対応していくのがいいんじゃないかなあ、と話しました。


わたしも、息子が祖父の小銭を盗った時に、とっても悩みました。

このままいくと、この子はお店で万引きし、仕事しても会社のお金を横領するのては…?

と妄想を膨らませてモンモン…


上の2つの例ともに、「今」のその子どもを、見てないんですよね~🤗


そういう事例と、岸見先生のお話しがバチっと合って、


ああ~~~✨今を生きよう✨✨✨


って強く思いました💪(^o^)💪



折しも現在わたしは家中の断捨離中。


今までは

「断捨離しなければズボラだと思われる」

「断捨離しなければお洒落だと思ってもらえない」

とか

「断捨離しなければ家庭の雰囲気が悪くなるなる」

とか、実際に起こってもない未来への不安を抱えて挑んでいたので、

断捨離とか片づけしたあと、めーっちゃめちゃ疲れて、グッタリしていた上に、リバウンドでまたモノが増えたりしていました。


今は、

「きれいにしたい✨」

と、純粋で建設的な目的で動いているせいか、片づけが楽しくてたまりません✨👍✨


今を生きてるし

ポジティブで協力的な目的のために行動してる💪(^o^)💪



チラッと断捨離の経過を見てくださいな🧡



アドラーで暮らしていく努力をして、ずいぶんと幸福になったわたしです✨